とどくとおもう Ⅱ

Full of Junk and Nothing

日本のPTA史の一級資料

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世界を変えるのは、

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世界を変えるのは、女性と「女性のように考える」男性である
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see⇒女神的リーダーシップ≫(2013)
cf.――

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それがPTAでなければならない理由はない

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私はPTAを変える第一歩は,なりたくないものにはなりたくないと言う権利を行使することであり,あえて不在の役職を作ることにより組織に穴をあけてゆき,組織を維持するための組織を揺るがせることができるだろうと考えるようになった。
保護者の必要に応じた組織は,柔軟に作られていいが,それがPTAでなければならない理由はない。
また,したい活動があるなら奉仕ではなく,直接行うべきである。
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・・・論文≪国家の装置としてのPTA≫で読んだこの文章を再び近々PTAという国家装置≫(20170426)で読める予感がするのは今日の私の至福の1つだ。

cf.――ぷ~た資料134-01:This is Japanese PTA(1)

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≪ある日うっかりPTA≫

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脱出の自由

上下2巻の文庫本「萬世一系」の研究≫(2017)を読みはじめた。
面白い。
下巻の島薗の解説が好い。
(上巻の長谷川の解説は未読)。
上巻p.12の「脱出の自由」が出てくる段落を読んで私は爆笑した。
『そうか、権利に「じゆう/自由」とルビをふっていいし、自由に「けんり/権利」とルビをふっていいんだ。そりゃそうだよな』と納得した。
そのようなことはその段落に書かれていない。
が、おのずとそう納得できるように書かれている。
面白いことこのうえない。
奥平には達意の文筆力がある、と思う。

cf.――脱出の自由 right to exit】で検索

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閃き検索(1066)

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桃華と隣よ(31)

PTAの紹介で知り合った】で検索
・・・たしかに「PTA」には出会い系サイト機能や人材斡旋機能がある。

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この本は売れる

see⇒
・・・したがって古書店には買いたたかれそう。

cf.――

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天皇系とPTA(4)

1954(昭和29)年8月7日(土)、洞爺丸が津軽海峡をわたって夕方に函館港着、以後23日(月)まで天皇と皇后が北海道内を所々巡幸した。象徴天皇がやって来る≫(1988)p.89-p.91によると、北海道新聞が同年同月3日(火)付朝刊第8面に【国民と親しい接触を】と題する談話記事を載せた。談話者は札幌市小学校連合PTA副会長、42歳。
以下、同書p.90の2行目からp.91の3行目までに基づき、談話記事を再現する。

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天皇系とPTA(2)

ぷ~た(和風PTA)が周年記念誌を改元時に発行する際の一文例。

新元号年に出版された記念誌≪きずな≫(19890325発行)総目次の冒頭4行を転記する。
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○扉、さし絵、PTAの歌、グラビアにみる都中Pの歩み
○昭和天皇崩御を悼み「平成」の新年号に寄せて
○総目次
○"きずな"発刊に寄せて、「絆」その書名について
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ちなみに≪きずな≫のサブタイトルは「東京都公立中学校PTA40年の歩み」である。
  see⇒国会図書館サイト≪きずな : 東京都公立中学校PTA40年の歩み≫(1989)
さて、以下が【昭和天皇崩御を悼み「平成」の新年号に寄せて】の本文全文。

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ぷ~た(和風PTA)の強制力

いわゆる「日P」とかのサイト で【(27) 26年度-教育に関する保護者の意識調査】というのを見た。
p.1にこう書かれていた。
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「教育に関する保護者の意識調査」結果の解説と感想
                      文教大学教授 松田素行
1 はじめに
(1)PTAという組織
 PTA(Parent-Teacher Association)とは、その名のとおりParent(親)とTeacher(教師)で構成されるAssociation(会)のことです。Associationは、つながる(associate)意味であり、一般に共通の目的で任意に組織された団体や会を表すことが多いことから、その活動に賛同する会員で構成されるのが原義に基づく姿であるといえます。全国の多くの小・中・高等学校で組織されているPTAにおいても、親・保護者と教師が協力して家庭、学校、社会における児童生徒の幸福な成長を図ることを目的として、それに賛同する多くのPとTによって活動が行われています。
 またPTAへの加入の任意性に対して、「父母と教師の会」と称してある程度の強制力を持たせたり、「○○会」などの呼称で逆に一層任意性を強めたりして、学校を核として子育てを推進しようとする各学校固有の組織もあります。さらに近年では、当該組織の社会教育的な意義を前面に出し、構成員を保護者と教師とだけに限らず学校職員(Staff)や地域社会(Community)に拡大し、一体となって学び合い、その成果を児童生徒に還元しようとする“PTSA”や“PTCA”と呼称する組織も現れています。とりわけ、学校支援や学び合いなどと、設置の目的をいっそう明確にして、目的に適った固有の取組を推進しようとするところが多くなってきているようです。
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・・・『大学教授というのは凄い! ぷ~たの【違法性】【詐欺性】【欺瞞性】【不潔さ愛好性】を実に見事に表現している!! この凄くて見事な箇所を太く大文字にしなければ大学教授に申し訳ない!!!』と思った。
それで太く大文字にした。

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世界のどこにも類を見ない【日本のPTA】

国立国会図書館にPTA年鑑:総集版≫(1972,PTA年鑑編集委員会編,PTA新聞社≫がある。

以下、その冒頭の「刊行のことば」全文。
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刊行のことば
 日本にPTAという言葉が入ってきたのは、昭和21年3月、アメリカ教育使節団が来日して、教育の民主化を勧告したときです。以来その言葉は日本語として着実に定着し、その団体は日本じゅう、どこの町や村にもあります。そして、子どものしあわせという純粋素朴なヒューマニズムの一点で結ばれ、活動をつづけてきましたがやがて単純素朴な「子どものしあわせのため」主義ばかりでなく、本当の子どものしあわせのためには、良い親、良い教師になることだと気づいて以来、そのための学習団体となって、PTAは日本の成人教育に大きな功績をしるしております。
 アメリカ教育使節団の勧告に端を発しながら、世界のどこにも類を見ない「親と教師の学習団体」という独自な歩みを開始した日本のPTAには、今日大きな課題が山積しています。子どもの幸福を広い視野で守り育てるために、親と教師が何をともに学び合うのか。
 家庭がその本来の教育機能を低下させ、社会の変化はとみに激しくなり、環境はいよいよ複雑になってきています。そうしたなかで、家庭はなにをなすべきか、学校はなにをなすべきか、家庭と学校はどこでどう手をつないで、その複雑怪奇な現代社会に立ち向っていくか。
 PTA新聞社はここに想いを至し、「PTA年鑑」刊行に踏みきることになりました。このささやかな事業がPTA活動の実際に資するとともに、その歴史を築き、日本の教育にいささかなりと寄与できればこれにまさる喜びはありません。
                        PTA新聞社
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cf.――ぷ~た資料415-01:保護者とPTA会員の区別(1)

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くるくるまわる 重版出来 るわまるくるく

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!!!重版出来!!!

tweet記事からコピペ。
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川端裕人さんの、『PTA再活用論―悩ましき現実を超えて』が重版になりました!
今読んでも、大抵のPTA問題がこの一冊に網羅されていることに驚きます。
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see⇒☆☆☆☆☆

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最も純粋な人の言葉

1990年6月18日第1刷発行の岩波文庫エックハルト説教集笠原芳光参照)が同年7月18日付毎日新聞夕刊連載コラム<原点>に【自由な人間】と題する600字ほどの小文を書いて紹介した。
ひとりの娘と話したエックハルトの感想は「いままで出会った人のなかで最も純粋な人の言葉を聞いた思いがする」とコラムに書かれている。
文庫p.259-p.260の『マイスター・エックハルトと交わした、善き修道女の善き会話』にある感想だ。
ただし文庫からの正確な引用ではない。
p.260ラスト2行の印刷はこう。
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「わたしは、これまでに出会うことのできた人のうちで最も純粋な人の言葉を聞いたような思いがする。」
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「PTA死ね!!!」の系譜――03

吉本隆明全集12[1971‐1974]p.431から。
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そんなこと、どうでもいいから、死ね。
この頓馬たちにいいたいのは、ほんとうをいえばそれだけだ。
いやそれも、ほんとうはいいたいわけではない。
わたしは、退路がなくなるように、かれらを追いつめるのは好きではない。
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初出は1973年6月1日<試行>第38号。

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「PTA死ね!!!」の系譜――02

吉本隆明全集12[1971‐1974]p.407から。
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まだ居やがった。
死ね。
お前たちは、淀川長治以下なのだ。
淀川長治には、映画やテレビが好きで好きでたまらないものの良さがある。
お前たちには、映画やテレビが好きで好きでたまらないものの良さもなければ、〈革命〉者の厚みもない。
あるのは駄ぼらだけだ。
お前たちの駄ぼらの構造は単純だ。
主体性唯物論者が、じぶんの実感や現実体験を理論のなかに流入させるところから始めるのに、
おまえたちは、世界図式から始めて、差別、被差別、窮民、非窮民、帝国主義、植民地で世界図式を二色にわけているだけだ。
もちろん、お前たち自身は、はじめから〈亡霊〉だから、この図式のどこにも入らない。
つまり、デザイナー気取で製図板に向っているつもりになっている。
〈亡霊〉のくせに、飯を喰って、おまけに、やくざ映画など、抜目なく観てやがるのだ。
もう一度云う。
死ね。
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初出は1972年11月5日<試行>第37号。

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「PTA死ね!!!」の系譜――01

1966年に筒井康隆が短篇≪くたばれPTA≫を発表。
cf.01――
cf.02――著者サイン入り文庫本フォトグラフ

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どう参加するか?!

児童心理2016年4月号臨時増刊に、
   PTAにどう参加するか――役員の引き受け方など/嶋田晶子
という記事がある。
私は未見。
・・・『どうして参加させたがるのか』と思う。

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フロイト読解

仏教徒のアーナンダ(阿難)志向やクリスチャンの原罪観念を理解するための補助線ヒント。
神道信者の殉死礼讃傾向も理解できそう。
以下、私家版・ユダヤ文化論≫(2006,文春新書519)のp.211から。
〔 〕内は原文傍点。
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私たちは〔愛する人間に対してさらに強い愛を感じたいと望むときに無意識の殺意との葛藤を要請する〕のである。
葛藤がある方が、葛藤がないときよりも欲望が亢進するから。
親しい人に対する殺意や敵意が誰にでも潜在的にあって、それが抑圧されるというような単純な話ではおそらくない。
まず愛情や欲望があり、〔それをさらに亢進させようと望むとき〕、私たちはそれと葛藤するような殺意や敵意を無意識的に呼び寄せるのである。
通常、愛する人と死別した後、私たちの死者に対する愛情は生前よりも深まる。
死者を深く哀悼することに私たちは全身全霊をあげて打ち込む。
〔もっともっと愛したい〕と私たちは欲望する。
そのような激しい欲望の中で、私たちは死者に対する愛情が爆発的に亢進する心理的な「劇薬」へと無意識のうちに導かれる。
それは、「私はひそかに愛する人の死を願っていたのではないか」という自責に灼かれることである。
このような無意識的な殺意はもちろん全力をあげて抑圧されねばならない。
抑圧のために、備給しうるかぎりの愛情がそこに注ぎ込まれる。
私は死者に対してこれほど豊かな愛情を抱いていたのだという確信を得るために、私たちは「愛する人の死を願う」無意識的願望を道具的に利用するのである。
フロイトはそのようにも読める。
私はそのように読んだ。
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・・・【殺意】は【希死念慮】や【願死心】といってもよかろう。

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アルゴリズム

ユークリッドと彼の現代のライバルたち≫(2016)のp.11から抜粋。
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アルゴリズムというのは,有限的な手続きで,かならず終わるものです.
・・・・・〔中 略〕・・・・・
手順がはっきりしており,かつ,かならず,有限回の操作で手順の終わりに到達する,というものがアルゴリズムです.
「互除法」はアルゴリズムの例であるだけでなく,アルゴリズムという概念に到達した最初のものと言われています.
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【互除法】とは【Euclidean Algorithm(ユークリッドの互除法)】のこと。see⇒

cf.――algorithmの発音練習教材

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莫切自根金生木

回文タイトル「きるなのねからかねのなるき」の黄表紙。
cf.――莫切自根金生木 きるなのねからかねのなるき

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大笑い

7年ぶりに《将来の世界をつくる仏教》(本blog過去記事参照)を再読した。
 cf.――http://ci.nii.ac.jp/vol_issue/nels/AN10526929/ISS0000348934_ja.html
もう鶴見俊輔に会えなくなった年が今年だからだと思う。
7年前の朝日新聞l記事も読んだ。
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「『死ぬっておもしろいことねえ。こんなの初めて』
と姉がいい、兄は
『そう、人生とは驚くべきものだ』
ですって。
2人で大笑いしてるの」
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see⇒http://www.asahi.com/kansai/kokoro/yomimono/OSK200807250013.html

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望都の傑作

≪精霊狩り≫を読み、特に『ドアの中のわたしのむすこ』が傑作だと思った。
出産者が男性でも好い、とも思った(微笑)。

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正義と狂気

明日か明後日あたりから">を味読する予定。
まず 『白塗りの正義と素顔の中の狂気』から読もうと思う。

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百年に一度の大スター

月刊<ラジオ深夜便>2015年12月号のp.81-p.82で五木寛之が吉永小百合歌唱≪寒い朝≫を取り上げて吉永を絶賛している。
以下、抜き書きする。
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吉永さんはすごい、というか貫禄がありますね。
・・・
リズム感も正確だし音程も正確で、天然のうまさというか。
・・・
なんて力のある声なんだろう。百年に一度の大スターじゃないかと思いました。
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百年に「一人」ではなく「一度」。
この表現が正確で的確な感じ。
スターって「人」というより「星」だから。

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パロディの連作

月刊<新潮45>の扉画担当高木亮の贋作名画大全シリーズが好い。
扉画が好いのと同じくらい好い。
氏名漢字の「高」と「亮」が似ているのも好い。

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Be proud of yourself

スペシャル=オリンピックス(参照">参照)について小文を書きたくなったのでわたし革命≫(2003)を読み始めた。

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1997年の本

一読した。
事例も思索も示唆と刺激に富み、実に面白い。
たとえば最初の語り部分。
15歳でUSAに行って英語ができない半狂乱の3ヵ月近くを経た後に疑似消滅を体験する一夜を過ごし、翌日から流行性感冒で10日ほど入院治療したという。
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退院して教室に行ったら、英語が全部わかるんだよ。
これには驚いた。
ジキル博士とハイド氏のように、人間が変わっちゃった。
数十年後にチョムスキーの言語理論を知って、なるほど、と思った。
言語を一挙につかんだんだ。
全然わからないと思ってた英語が、ちゃんと自分に入ってた。
その代わりに日本語がなくなった。
それが三ヵ月目です。
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cf.――期待と回想≫(2008,朝日文庫)

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従軍慰安婦

≪セミの記憶≫(1993)から。
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戦後生まれの若者には知らない者もいるだろうが、
朝鮮人労務者の強制連行や従軍慰安婦のことは、
書かれもし、
従軍慰安婦については戦後早い時期に、
映画にもなっている。
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cf.――☆">

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