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とどくとおもう Ⅱ

Full of Junk and Nothing

百度詣/同情

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2018ノーベル賞学者の幸福観

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幸福感を十二分に味わうためには,欲望充足型の幸福感だけに頼るのではなく,不安除去型の幸福感により重点を移して,その閾値制御方式により幸福感を味わうことが生物学的にも極めて合理的である.
従って,生物学的に考えられる安定な幸福感への道は,まず永続的な安らぎ感を得ることであり,それに時折程々の快感刺激を加えるのが望ましい.
つまりリラックスして,時折おいしいワインを飲むことが一番の幸福ではなかろうか.
(2001年 「文藝春秋」9 月臨時増刊号 第79 巻第10 号掲載)
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see⇒≪幸福感の生物学≫(前京都大学大学院医学研究科長・京都大学名誉教授 本庶佑)

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校則の拘束性

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キリスト教的人間学者

坂本堯のことを勉強しはじめた。

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クザーヌスは対立的精神をキリスト教的愛の精神により克服し、
対立したヨーロッパ・キリスト教世界の中に、
また、キリスト数〔→教〕世界とイスラムの世界の間に、
さらに、東方のキリスト教世界と西方キリスト教世界の間に
平和を実現しようとして全力を捧げた。
こうして、対立物の一致の原理は認識の世界と現実の世界の支配原理となった。
クザーヌスはこの原理をイエズス・キリストの十字架の中に確立した真のキリスト教的人間学者であった。
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see⇒ニコラウス・クザーヌスの人間像≫(1987)

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小木曽史明さんの教育実践研究論文

大垣市文教協会サイトで≪自らコミュニケーションを図り,自分の考えや気持ちを伝え合う生徒の育成~意思をもち,より豊かな表現を追求/追究する学習集団の育成を通して~≫が読める。
んでザザザッと読んだ。
小木曽さんが「相手に伝わるまで粘り強く自分の考えや気持ちを表現」する姿勢を重んじる人物だとわかった。
わかって安心した。
『そういう小木曽さんなら、日本語で小木曽さんに伝わるまで粘り強く自分の考えや気持ちを表現する保護者と真摯に向き合うだろうな』と思った。
また小木曽さんが手塚治虫のブラックジャックのファンらしいこともわかった。
うむ、小木曽さんが軽率な言動をした時は「アッチョンブリケっ!」と叫んでたしなめてやろう。

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万国宗教会議125周年

ciniiサイトの関連論文☛

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aum05:cinii検索

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ぷ~た資料2018-017:ぷ~た略史の概観

日本の教育経験:途上国の教育開発を考える≫(2003)p.58-p.59から転写貼付。
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1-2 保護者・地域住民の学校経営への参加の変遷

日本の学校教育を振り返ると、その開始当初から保護者と地域住民が果たしてきた役割は大きい。当初は、校舎建設を中心に学校教育にかかわっていたが、今日では、部分的にではあるが、学校経営そのものへの関与まで見られるようになってきた。以下では、主に戦後、米国をモデルとして導入された“Parent and Teacher Association(以下、PTA)”に焦点を当て、時代を戦前、戦後復興期、発展・安定期、現在の4区分に分けて、その特徴や機能について概説してみたい。

[戦前の学校後援会:~1945年]
1872年(明治5年)公布の「学制」では教育の機会均等と同時に就学義務についても触れており、学校教育開始当初から義務教育の普及について保護者の関与が重視されていたことがわかる。また、国庫が貧しい当時、当事者負担の原則に基づく授業料徴収制を導入していたため、学校と地域住民のかかわりは極めて密接であったと考えられる。富者の寄進によって「貧人小学」が設けられる等地域住民による協力活動も見受けられ、そのような動きは明治後期に広く見られるようになった。
米国のPTA運動5を受けて、1899年(明治32年)に東京都に「学校後援会」が結成された後、多くの学校に同様の団体が組織された。1900年(明治33年)には無償制を原則とする4年制義務教育が、1907年(明治40年)には6年制義務教育が実現したが、多くの団体は学校整備や催しへの寄付が主な活動であり、教育の振興を目的としているものの、実際は学校に対する財政支援組織であったと考えられる。

[戦後復興期におけるPTA:1945~1959年]
PTAは民主主義教育推進のために戦後占領軍により指導・設置された組織である。文部省はPTA設置を奨励し、1946年(昭和21年)には省内に「父母と先生の会委員会」を設置し、委員会によってPTA結成の手引書や参考規約、パンフレット等が作成された。そして、早くも1948年(昭和23年)には、7割近くの全国小・中学校にPTAが設置され1950年(昭和25年)には、小・中学校のPTA結成率はそれぞれ93%、89%となった6。さらに、全国の学校に広くPTAが組織されるようになると、地域ごとの地域協議会が結成され、1952年(昭和27年)には「日本PTA全国協議会」の原形となる全国組織が結成された。協議会は機関誌の発行、優良PTAの表彰、PTA週間の設定、PTAの最高諮問機関として調査、審議、具申等を行う「審議会」の設置等を行った。
このように短期間でPTAが広く組織された背景には、メディアの果たした役割も大きいと考えられるが7、戦前から存在する「学校後援会」の名称をPTAと変更したにすぎず、その内実は旧組織と変わらなかったというものが少なくなかった8。また、PTA結成の動機は「県の指令によるもの」との回答が最も多く、行政からの指示によりPTAが組織されたようである9。米国指導のもとに同国のPTAを手本にして作り上げてきたが、この時点では米国のように子どもの福祉の向上を目的とした社会教育団体としてのPTA活動は定着しなかった。一方、教育財政が逼迫していた当時、PTA予算は学校職員の給与手当や維持管理費、校舎建設・施設費等公教育、教育活動に要する経費(教材教具・図書費、消耗品費、行事)を支えるものであり、寄付等の形で保護者から徴収していたため、地域の有力者によるボス的支配の傾向が著しかったといわれている。

[発展・安定期における行政制度の整備とPTAの学校経営への参加の変化:1960~1999年]
1960年(昭和35年)には「地方財政法」の一部改正に伴い、公立小・中学校費のうち人件費と建物の維持・修繕費についての住民負担が禁止され、PTAを通じた保護者の負担が徐々に解消されていった10。以後、PTAは導入時にモデルとなった米国のPTAのように、保護者と教員とが協力して子どもの幸福な成長を図るべく、自主的に運営される本来の社会教育団体として活動の強化を図っていくことになった。関係機関への要望等の活動だけではなく、子どもの健全育成と福祉の増進のため、研究・研修活動、青少年育成事業、協賛・協力事業といったさまざまな活動を担うようになってきた(具体例については「2-5 PTAの活動」を参照)。
しかしながら、PTA役員のなり手が見つからない、PTA活動が一部の保護者の活動になっている、父親の参加が少ない、教員の協力が得られない等の問題を抱えており、これまでPTAは保護者の学校経営参加促進を可能にする仕組みとはいえなかった。また、子どもの在学期間は保護者がPTAへ自動的に加入することが慣例となっており、地域住民の参加は原則的に認めておらず、PTAは保護者と教員のみで構成する団体として定着してきた。

[地方分権化と保護者・地域住民の学校経営への参加の期待:2000年~]
2000年(平成12年)には、保護者や地域住民の意向を反映させ、学校としての責任説明を果たしていくために「学校評議員制度」が導入された。この制度は地域住民の学校経営への制度的な参画を初めて可能にするものであり、教育委員会の判断により学校ごとに開かれ、学校評議員は校長の求めに応じて学校経営に関する意見を述べることとされている。
学校評議員は、教育に関して一定の理解や識見を持つ者の中から、校長及び教育委員会の推薦により選出される。2002年(平成14年)8月現在、全公立学校において「設置済み」の学校は約半数で、「検討中」は30.6%、「検討なし」は22.4%となっている11。
なお、この新制度導入に伴うPTAの活性化が期待されている。


5 米国のPTAは1897年に開始した。(http://www.pta.org/history/mile1890.asp)(2003年4月18日付)
6 社団法人日本PTA全国協議会ホームページ(http://www.nippon-pta.or.jp/pta-ayumi50/index1-2-1.htm)(2003年4月18日付)
7 1948年(昭和23年)からNHKによりPTAの組織・運営・活動に関する「PTAの時間(週1回放送の30分番組)」が放送され、一般の人々が広くPTAを理解するのに役立ったとの記録もある。(社団法人日本PTA全国協議会ホームページhttp://www.nippon-pta.or.jp/pta-ayumi50/index1-1-3.htm)(2003年4月18日付))
8 社団法人日本PTA全国協議会ホームページ(http://www.nippon-pta.or.jp/pta-ayumi50/index2-1-1.htm)(2003年4月18日付)
9 Ibid.
10 学校予算における保護者負担の現状は、2001年度の東京都を例にとってみると、児童1人当たりの保護者負担額は年間45,814円であり、受益者負担額の使途内容として学校給食費が73%と最も多く、次いで教科活動費の12%、遠足・移動費の9%、儀式・学校行事の6.5%となっている。
東京都教育委員会ホームページ (http://www.kyoiku.metro.tokyo.jp/toukei/14_noufukin/syo.pdf)
11 文部科学省ホームページ(http://wwwwp.mext.go.jp/monkag2002/index-18.html#ss1.4.2.1.2)(2003年4月18日付)
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眠れる豚、目覚めたる獅子

金沢大学社会教育研究室季報>#18(1967)pp.4-7掲載論文≪「教育保障」とPTA≫(by新谷賢太郎)のp.5左下-p.7右上を文字データで紹介する。
なお、原文の漢数字は適宜算用数字に、「つ」は適宜「っ」に置換した。また数学論理的におかしい箇所は放置した。

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閃き検索(1150)

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サカイ保護者会訴訟メモ

〈論説〉PTAの法的地位(3・完)≫(参照)からの転写貼付。
適宜改行byFJN。
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Xは、
コサージュの実費負担の申出をYが受け容れなかったことはXの子に対する差別に当たり、憲法14条、民法90条、教育基本法4 条に違反する、
と主張して控訴したが、
控訴審は、
① XがYを退会して構成員としての地位を失った以上、YにはXの申出の全てを受け入れるべき義務はなく、
② Yが任意団体である以上、Yの構成員の子とXの子との間で取扱いの差異が生ずることはやむを得ないところ、かえってYはコサージュの仕様の概要を学校に伝えたわけであるから、Xの子を差別したことには当たらず、
③ Yの一連の行為がXに対してYへの加入を強制するものとも認められない、
と判示して、控訴を棄却した(大阪高判平成30年1 月25日平成29年(ネ)2223号)。
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cf.01――堺・私立中 「保護者会退会で娘が疎外」父、賠償求め提訴毎日新聞2016年5月20日 15時32分(最終更新 1月29日 14時22分)
cf.02――損害賠償訴訟 保護者会退会父親の請求棄却 地裁堺支部毎日新聞2017年8月18日 20時02分(最終更新 8月18日 22時33分)

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PTAテスト初級篇もくじ

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≪論説:PTAの法的地位≫

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≪星野君の二塁打≫の研究

see

私は≪星野君の二塁打≫に登場する監督を軽蔑している。
指導の醍醐味も野球の醍醐味も知らない野郎だと判断するゆえ。
醍醐味を知らない野球監督は粗大ゴミだ。
cf.01――甲子園的女性蔑視:ああ、真心なきヤツらめ!/猿回しと回される猿らめが!!
cf.02――困ってしまうのは・・・

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五期連続の会長は自民党県議

日Pの輪の中から飛びだそう―私の日P解体論―:2≫(月刊社会教育,1983年2月号p.63-p.67)のp.65上段4-5行目に
昨年まで五期連続で会長をつとめた高山氏は自民党の県会議員である
と書かれている。
氏だけで名が書かれていない。
「五期」は1977年度-1981年度を指すと思われる。
したがって「高山氏」の前任は「津嶋氏」で後任は「岩橋氏」だろう。
日P/日本PTA全国協議会が社団法人となる前の話である(社団法人となったのは1985年)。

cf.01――web検索with【pta 津嶋朔朗
cf.02――web検索with【pta 岩橋延直

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ぷ~た(=和風PTA)の淵源

cf.――サイニィ検索with【両親再教育】

古来、教育したがる御仁が多い。教育されたがる御仁も多い。学習したがる人々は少ない。学習されたがる人々も少ない。
かつて、教育されたがるふりして学習したがった親は多かったのか少なかったのか。
現在、教育されたがるふりして学習したがる親は多いのか少ないのか。

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閃き検索(1123)

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さっさとする

一人称複数形の臨界点と三浦哲郎「忍ぶ川」≫(2015)を読んでいて引用部分を目の当たりにしたとたん、初めて≪忍ぶ川≫を耽読した時の胸キュン感を思い出し、再度耽読したくなっちまったゼ。
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私と志乃は、
生前、志乃の父が好んだ「惚れてさっさとする結婚」を、
その父の五七日があければすぐに実現するのであった。
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・・・七七日ではなく五七日であるわけも確かめたくなったしヨ。

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水が奇跡をもたらした

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奇跡を起こしたのは「水」そのものであった。
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see⇒“奇跡の人”とはだれか:『ヘレン・ケラー自伝』≫(2015)

cf.――web検索with【奇跡の人 ミラクルウォーター

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ぷ~た資料2017-014:絶対に任意である

藤田秀雄が論文日本におけるPTAの歴史 (その1)≫(1984)の最初の頁の第2段落にこう書いている。
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一九五七年、東大とスタンフォード大学との協力によって、東大に、教育改革研究会が発足した。これは、日本の戦後教育改革を全面的に検討するために設けられたものである。わたしは、この研究の社会教育の領域の助手として、海後宗臣先生のご指導のもとに、資料収集・整理の仕事をおこなった。その活動の一項目として、PTAの歴史研究があり、小さな新聞記事に至るまで、日本にある資料をできるかぎり収集した。また、それを整理して、素稿の形でまとめておいた。そして、その一部は、『社会教育』(『戦後日本の教育改革』第一〇巻、東大出版会)』の第一章から第三章のなかに記述した。この小論は、その当時の素稿に手を加えたものである。
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以下、『社会教育』(『戦後日本の教育改革』第十巻、東京大学出版会、1971初版/1975第3版)の第一章のp.78から抜粋する。
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一九四六年五月(日は不明)、CIEは文部省に「資料『父母教師会』」を提供した。そこには次のように述べられていた(筆者要約)。
 (1) 父母教師会の会員になることは絶対に任意である。
 (2) 父母教師会が教師のものになることは万難を排してさける必要がある。
 (3) 学校別の父母教師会ができたら、早速、市町村単位、県単位の協議会をつくり、さいごに全国協議会を設立すべきである。
 (4) 会の力で実現できることの第一は、学校改善のための資金調達である。
 (5) 児童心理等は必ず研究すること。
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なお、「資料『父母教師会』」の内容については、上掲『社会教育』のp.87に「註記(33)」として【文部省社会教育局『日本におけるPTA運動の歩み』所収(一九五〇年)。】と明記されている。

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HALLOWEEN

4月アタマが万愚節、10月オシリが万聖節。
cf.――翻訳 ヨーロッパ諸国のハロウィン>(2007,2008)

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ぷ~た資料2017-011:母親たちの多様性

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本稿の目的は、PTA活動に対する母親たちの態度の多様性を明らかにすることであり、そのために小学生の母親のうちPTA役員経験のある450名を対象にweb調査を行った。
PTA役員を引き受けた理由、PTAの退会意図、性役割観を用いてクラスタ分析を行ったところ、調査協力者は「子どものために活動する母親」「PTAに批判的な母親」「控えめな母親」「社会活動好きな母親」「合理的な母親」の5つのクラスタに分類された。
PTA活動に積極的な「社会活動好きな母親」は、学校との対等な関係を望みあらゆる活動に熱心に取り組むが、活動によって内的満足を得ることはできず、ストレスを感じるようになることが明らかにされた。
一方、「PTAに批判的な母親」や「合理的な母親」はPTA活動に熱心ではないが、活動を通して得るものが多く、内面的にも成長していることが明らかとなった。
PTA活動とは学校の下働きに徹するものであり消極的な態度で望むべきという規範が母親たちの間で広く共有されていることが示唆された。
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see⇒PTA 活動に対する母親たちの態度の多様性≫(20170315)

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保護者と学校に求められているもの

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PTAはアメリカで生まれ先の大戦後GHQの提案により,保護者と教員が学び合い,その成果を児童生徒の教育に還元することを目的に導入されたものである。
しかし,近年
PTA役員のなり手がいない,
PTA活動が停滞し形骸化している,
PTA活動そのもの必要性を感じない
などの理由で,PTAを廃止したり新しく作ったりしない学校が出てきている。
コミュニティの形成には,考えや立場の違うものが他者を尊重し互いに協力して行動する《協働する》ことが大切である。
PTAはそのような活動ができる人材を発掘し育成する場でもある。
そのためにも多くの人が関わり,楽しく活動することができるようなPTAを作っていく努力が保護者にも学校にも求められる。
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see⇒PTA人材による地域の絆とコミュニティの形成≫(2015)

・・・つまり【虚偽と偽善を追放する努力】が求められているのだと思う。
したがって「PTAを廃止したり新しく作ったりしない」というのも努力の成果だといえる。

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增田熊六騎兵少佐

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1905 年(明治38年)8 月21 日には
陸軍省は
ちょうど豪州馬買入の為オーストラリア滞在中の増田熊六騎兵少佐に対し、
食用去勢牛400 頭、種牛転用可能肉牛100 頭の買付を命令、
同年11 月19 日には牛、横浜港着、
農商務省は直ちに検査、種牛に適当な26 頭を引取り、
12 月までに43 頭を各道府県に配当している。
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see⇒肉食という近代 : 明治期日本における食肉軍事需要と肉食観の特徴≫(2002)

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安倍政権を支えるコミュニティ

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海外神社

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職業論と開放論

署名記事《やはり孤独な皇太子》がリリースされたのは1959(昭和34)年のことだ。
   cf.――サイニィのサイト
私は未見だが、こう書かれているらしい。
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皇太子に近い、ある同級生が伝えてくれたところによると、皇太子は『天皇職業論』を唱えているそうである。簡単にいうと、二十四時間天皇でいるのはかなわないから、八時間勤務にして、残りの時間は人間として生活したい、そのためにはオフィスと私邸を分離することが望ましく、そうなると、現在のように大きな皇居は不必要になる、だから『皇居開放論』には賛成だ、というのだ。私が望みたいのは、皇太子が機会をとらえて記者会見などでこうした意見を開陳して欲しいということだ。
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B.ディラン関連論文一覧

和物のみ。
see⇒(サイニィ)

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象徴とコートシップ

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ぐわし

月刊<法学セミナー>2016年7月号(参照)の論文記事≪PTAと憲法論≫を流し読みした。

最終頁(p.044)右段に抜群の誤植があった。
guasi。
   
p.042右段の最終段落の中ほどにこう書かれている。
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・・・PTAは「準学校機関(quasi-school agency)」といえる・・・
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私はp.044で【quasi】と書かずに【guasi】と書いた論文執筆者の「まことちゃんセンス」に唸った。
『ぐわしっ、とドヤ叫びしたかったんだろな、きっと』と思った。
明らかに意図的な誤植だ。
『プログレおびちゃん、やるじゃん!』
拍手喝采した。

cf.――
see⇒英和辞典【quasi】

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