とどくとおもう Ⅱ

Full of Junk and Nothing

NPP2017

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近場で静か、遠場に届く

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ウェブで読める名作コミック

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抗命権と抗命義務と

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責任を感じなければ、凡人にも非道な行為ができる。
戦後のドイツは、
命令に従えば人の尊厳を傷つけないか、違法ではないか、
それぞれの軍人が判断する権利と義務を定めました。
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see⇒

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戦争と個人

see⇒
cf.01――
cf.02――

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INSPIRATION PORN

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好きの力

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わがランボーの私

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《私》ってのは他者なんです。
                  アルチュール・ランボー
私は自分のことを「私は」と語りだす。
が、「私」は私だけが使う語ではない。
だれもが自分のことを「私」と言う。
そのかぎりで「私」はもう私に固有のものではない
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see⇒

アイ・ラヴ・ランボー, イエス・アイ・ドゥー(微笑)。

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追悼小特集

<文献センター通信>第32号を入手して繰り返し熟読中。
「アメリカ哲学…戦争の傷口からプラグマティズムは生まれた」という箇所に惹かれる。
cf.――<鶴見俊輔集>(全12巻)

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beingとdoing

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ウィニコットは、〈あること〉(being)と〈すること〉(doing)の区別に基づいて、
前者を子どもと母親との原初的な同一化を可能にする「基盤(base)」と見なしている。
これは力動的で破壊的な〈すること〉という「男性的要素」と鋭く対立する。
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see⇒http://utcp.c.u-tokyo.ac.jp/blog/2010/07/post-373/

・・・赤ん坊と共にいることを喜び楽しむのがビーイング・マザーで、赤ん坊に何かをさせたがってあれこれ押しつけるのがドゥーイング・マザー、といったこともウィニコットはどこかに書いているらしい。
その書物を探して読む予定。

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閃き検索(960)――阿呆になることが一番 あなたは小利口

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閃き検索(947)――i and thou

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MBのHP

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閃き検索(946)――ミル 豚 ソクラテス

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閃き検索(939)――ラッセル 自分がいったことは全部間違いだと思う瞬間

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閃き検索(832)――if you define niggers as

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閃き検索(786)――鷲田清一 ベンチャーズ

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閃き検索(716)――孟子 四端説

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ことともの

日本語の試験問題を作ろうと考えている。
テーマは2つ。
1つは、
  「日本」を「にっぽん」と読む場合と「にほん」と読む場合があるけれど、
  その違いは何か
――というテーマ。
たとえば「日本語」は大概の人が「にほんご」と読み、「にっぽんご」と読む人はまれだ。
「どうしてかな?」というところから考えるテーマとしたい。
もう1つは、
  「もの」と「こと」の使い分け
――というテーマ。
「もののけ」という言葉があって「ことのけ」という言葉がない。
「事と次第」という言葉があって「物と次第」という言葉がない。
人を指して「あらまあ面白い方ですこと」と評する場合がある。「どこがどう面白いんですか?」という質問に「とにかく面白い方ですもの」が応答となりうる。
この「ですこと」の「こと」と「ですもの」の「もの」についても使い分けが知りたい。
古来、「こと」と「もの」の使い分けの研究成果は星の数ほどあるだろうけれど、ひとまず自分で考えてからそれらの研究成果をひもときたい(微笑)。

・・・試験問題が完成するまでの道のりは遠そうだよなぁ(苦笑)。

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考え方/かんがえかた

物事を考えるとき、なるたけ漢字を使わないで考えるようにしている。
漢字を使って考えたいときも、音読みの漢字ではなくて訓読みの漢字を使って考えるようにしている。
いつからそうなったかというと、「400字詰め原稿用紙1枚○○円」といった「書く仕事」をするようになってからだ。
たとえば「思考力」と書くよりも「思い考える力」と書くほうが文字の数が多い。
「思考力」は3文字で「思い考える力」は6文字。
原稿用紙が早く埋まる。
また、音読みの漢字で考えてから英語でも考え、その英語をカタカナに置き換えてから訓読み系の漢字で考え直し、それから漢字なし言葉で書くということもする。
たとえば「愛している」という音読み漢字言葉を「I love you」として「アイラヴユー」と置き換えてから「大好き」と考え、それから「だいすき」と書く、ということをする。
この場合、「愛している」が5文字で「だいすき」が4文字ゆえ、原稿用紙は早く埋まらない。
「I love you」と書けば空欄を入れて原稿用紙は10マス埋まる。
「アイラヴユー」だと6マス埋まり、「アイ・ラヴ・ユー」だと8マス埋まる。
それでも「だいすき」と4マス埋めるのでよしとすることが多い。

何を書くかということを考えながらどのように書くかということも考える。
疲れるけれど愉しい、けれど、愉しいけれど疲れる。
疲れると原稿用紙に書くのを止める。
原稿用紙に書くのを止めるけれど考えるということは止めない。

実際には書かないが考える、ということをするときも頭の中や心の中で漢字を使わないで考える。
頭の中や心の中にある紙と鉛筆と消しゴムを使って、なるたけ漢字を使わないようにして書き、考える。

私の考え方や書き方は五線譜にコード付きメロディ譜を書くのに似ているかもしれない。コード付きメロディ譜を書くときは、音符を書いてから拍の数が間違っていないかどうかも見直し、コードつまり和音とリズムのなめらかさも見直す。

原稿用紙に色々書くときも書いてから見直し、手を入れるほうがいいと思った所には手を入れる。手を入れた所をもう1度見直して元に戻すほうがいいと思ったときは元に戻す。

なんやかんややることがあってめんどうくさいのだけれどわたしはこのようにかんがえたりかいたりする。

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閃き検索(570)――お臍に掌をあててみましょう

google検索結果

・・・ウェブ検索したところ、このテーマではヒットしないようなので、いずれここのブログがヒットするエントリをアップしてみようかしらん――と思う(微苦笑)。

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他者とは

Prof.末木の定義。
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3、問題は、自然という他者とどのように関係するか、ということである。
  他者とは、
  これまでも拙著にしばしば論じてきているように、
    合理的なコミュニケーションが不可能でありながら、関わりを持たざるを得ない何ものか、
  である。
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see⇒<bunmaoのブログ>111023Suエントリ《メモと近況》

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恋することが必要

あの中村元が23ページ目――23/27――で、そう言っている(微笑)。
以下、抜粋。
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やっぱり、恋することが必要ですね。
時々、学者が変なことをいうんですよ。
変なことを言うところに、
また一種の way of thinking が出るんですよ。
そこまで広げるべきだと、私は考えてますが。
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see⇒《人物ライブラリー「東洋の心を大地に探る」中村元:再録》(1994)

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閃き検索(404)――今道友信 健康への懐疑

google検索結果

以下、イマミチ節を抜粋する(微笑)。
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非常な肉体的苦痛や限度を超えた精神的苦痛を免れようとすることと、
生命を守ろうとすることが、
失神や仮死の生物的機構なのである。
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閃き検索(282)――加藤周一 荒井作之助

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閃き検索(268)――ソクラテス 魂の世話

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閃き検索(256)――不可能の反対

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個性・自由と文明について

先日の<天声人語>に引かれていたので《草枕》を読んでみた(適宜改行byFJN)。
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汽車ほど二十世紀の文明を代表するものはあるまい。
何百と云う人間を同じ箱へ詰めて轟(ごう)と通る。
情(なさ)け容赦(ようしゃ)はない。
詰め込まれた人間は皆同程度の速力で、同一の停車場へとまって
そうして、同様に蒸(じょうき)の恩沢(おんたく)に浴さねばならぬ。
人は汽車へ乗ると云う。
余は積み込まれると云う。
人は汽車で行くと云う。
余は運搬されると云う。
汽車ほど個性を軽蔑(けいべつ)したものはない。
文明はあらゆる限りの手段をつくして、個性を発達せしめたる後、
あらゆる限りの方法によってこの個性を踏み付けようとする。
一人前(ひとりまえ)何坪何合かの地面を与えて、
この地面のうちでは寝るとも起きるとも勝手にせよと云うのが現今の文明である。
同時にこの何坪何合の周囲に鉄柵(てっさく)を設けて、これよりさきへは一歩も出てはならぬぞと威嚇(おど)かすのが現今の文明である。
何坪何合のうちで自由を擅(ほしいまま)にしたものが、
この鉄柵外にも自由を擅にしたくなるのは自然の勢(いきおい)である。
憐(あわれ)むべき文明の国民は日夜にこの鉄柵に噛(か)みついて咆哮(ほうこう)している。
文明は個人に自由を与えて虎(とら)のごとく猛(たけ)からしめたる後、
これを檻穽(かんせい)の内に投げ込んで、天下の平和を維持しつつある。
この平和は真の平和ではない。
動物園の虎が見物人を睨(にら)めて、寝転(ねころ)んでいると同様な平和である。
檻(おり)の鉄棒が一本でも抜けたら――世はめちゃめちゃになる。
第二の仏蘭西革命(フランスかくめい)はこの時に起るのであろう。
個人の革命は今すでに日夜(にちや)に起りつつある。
北欧の偉人イブセンはこの革命の起るべき状態についてつぶさにその例証を吾人(ごじん)に与えた。
余は汽車の猛烈に、見界(みさかい)なく、
すべての人を貨物同様に心得て走る様(さま)を見るたびに、
客車のうちに閉(と)じ籠(こ)められたる個人と、個人の個性に
寸毫(すんごう)の注意をだに払わざるこの鉄車(てっしゃ)とを比較して、
――あぶない、あぶない。気をつけねばあぶないと思う。
現代の文明はこのあぶないで鼻を衝(つ)かれるくらい充満している。
おさき真闇(まっくら)に盲動(もうどう)する汽車はあぶない標本の一つである。
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see⇒青空文庫

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閃き検索(166)――場 活動 ば か つ ど う

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maddest of all

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I've been a soldier and a slave.
I've seen my comrades fall in battle or die more slowly under the lash in Africa.
I've held them in my arms at the final moment.
These were men who saw life as it is, yet they died despairing.
No glory, no brave last words, only their eyes, filled with confusion, questioning "Why?"
I don't think they were wondering why they were dying, but why they had ever lived.
When life itself seems lunatic, who knows where madness lies?
To surrender dreams - -this may be madness; to seek treasure where there is only trash.
Too much sanity may be madness!
But maddest of all - -to see life as it is and not as it should be.
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see⇒http://www.imdb.com/title/tt0068909/quotes

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