とどくとおもう Ⅱ

Full of Junk and Nothing

ぷ~た資料135:『教育破綻が日本を滅ぼす!』

サブタイトルは〈立ち去る教師、壊れる子ども達〉。
帯に「今こそ変われ!教育委員会」とある。
http://www.kk-bestsellers.com/cgi-bin/detail.cgi?isbn=978-4-584-12205-1
 特にpp.134-142の【第5章 1 教育委員会ってなに?】は巧く解説されていて参考になる。

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ぷ~た資料134-01:This is Japanese PTA (1)

http://ci.nii.ac.jp/naid/40007304881/

The PTA as an Apparatus of the State (by IWATAKE Mikako)

abstract――

  Over the past decade an increasing number of studies have addressed the continuity, rather than disruption, between pre- and post-war institutions in Japan. Instead of seeing the pre-war period as a deviation from a "normal" historical course, efforts have been made to situate it as part of the "modernization project" by the national state.

  Drawing upon observations at an elementary school PTA (Parent-Teacher Association) in Tokyo, this paper discusses the PTA, one of the largest yet inconspicuous associations in Japan, as a state apparatus for nationalization. Nationalization does not, however, take place through the visible display of national symbols. Rather it is conducted through the intricate means of informal control.

  The present paper critically examines the PTA from two perspectives. The first one concerns the continuity between the PTA and the pre-war women' s organization, Dainihon Rengo Fujin Kai (the Greater Japan Federation of Women' s Association, hereafter GJFWA), which was founded in 1930 by the Ministry of Education. Although the PTA was introduced to Japan by the General Headquarters after the Second World War, with an aim at creating a public sphere between the state and the individual, it bears more resemblance to the GJFWA than the American PTA. The GJFWA was not necessarily successful in realizing its goal, which was to unite women for the cultivation of the mind and the service to the state. This paper argues that such a goal was more successfully achieved by the PTA in the post-war years.

  The second perspective concerns the government advocacy of a home-school-locality (chiiki) tripartition in the recent decades. This emphasis on locality is discussed here as a form of localism (chiikishugi) and as a Japanese version of communitarianism. In the ideology of the GJFWA, home-school collaboration was central. In recent years, however, the educational functions of home and mother have been considered to be declining. Using the language of loss and nostalgia, the communitarian cause tries to naturalize the tripartition. It follows that the PTA is subordinated to a cobweb of local organizations and institutions in which the Neighborhood Association (Chonai-kai) serves as a key social capital.

  The article discusses the PTA as a form of present-day mobilization of women in the context of the national government' s attempt at revising the Constitution and the Fundamentals of Education Law. These attempts can be seen as steps towards turning Japan into a warring state.

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電話のかけ方

【子どもが知らない人から電話を受けると、無言のままだというんです。家庭や学校が、電話では相手が分かってから答えるよう指導しているからです。】
↑を鍵文にネット検索すると↓に辿り着く。
http://www.j-cast.com/2009/01/02032900.html
記事全体の論旨はOKなのだが、上の【鍵文】部分が論脈から浮いている感じがした。

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ぷ~た資料133:広報紙

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ある教育委員会

かつて中学教員だった議員が「教育長」。
http://www.takayan-world.com/cheeringparty/me-ru000.htm

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自助・共助・公助

自助と共助と公助。
これら「3助」がいつ頃から言われ始めたのか私は知らない。
先日テレヴィジョンで1人の政治家が「3助」について発言するのを視聴した。
それまでも、それからも、私はこう↓考えるので構わないと思っている。
                   自助=自民党が助ける。
                   共助=共産党が助ける。
                   公助=公明党が助ける。
ゆえに、そのうち「民助」「社助」「国助」「日助」も言われだすと予測している(笑)。

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ぷ~た論25-05:…(承前)…⑤

今さっき現在のコメント数は66。
http://mainichi.jp/life/kaasanchi/bbs/2008/12/455.html

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ぷ~た資料132:自由意志の任意参加

社団法人東京都小学校PTA協議会(略称:都小P)のFRONTPAGE(http://www.ptatokyo.com/pyuki/wiki.cgi)を見ると、下のほうに「未加盟地区関係者の皆様、ぜひご一読ください」と書かれている。
その上の【都小Pに加盟しませんか?】をクリックすると「平成16年度」の勧誘チラシがPDFで読める(cf.http://www.ptatokyo.com/pyuki/documents/i040825chirashi.pdf)。
チラシのp.2は「ご質問にお答えします」で始まる。
その最後のQ&Aが味わい深い。

Q――会員になると割当の仕事が増えたり、忙しくなりませんか?
A――もちろん、いろいろな場面に参加していただくことになります。
    理事1名(P連会長兼任可)、委員1名(最低限)を登録して頂きますが、
    まったく何にも参加しないのであれば加盟した意味がありませんよね。
    でも、あくまで全てが自由意志の任意参加です。
    可能な限り積極的な参加を期待しておりますが、
    無理なお願いは一切ありません。

「もちろん…意味がありませんよね」を読み流した直後、「でも」以下を一読して私は感嘆した。

  「あくまで全てが、自由意志の、任意参加」
  「可能な限り積極的な、参加、を期待」
  「無理なお願いは、一切、ない」

この3つはマトモだ。
マトモであることに感嘆するのは一般に変なのだが、ことPTAに限っては変ではない。

この3つは単位PTAにも通じる!――と考えるのは早トチリかもしれない。
大概の単位PTAには、このマトモな3つを次のように読む、マジメな習慣があるからだ。

  「あくまで全て参加すること、が、自由意志の任意」
  「積極的な参加を、可能な限り期待」
  「お願いは一切、無理ではない」

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ぷ~た資料131:8区1市1村4島

2006(平成18)年2月9日(木)に【第27期東京都社会教育委員の会議(第3回)】が開かれた。
その《議事録》p.8の冒頭2行には次のように書かれている。
――東京都小学校PTA協議会は、それ自体はかなりの大きな団体ではありますけれども、ここにありますように8区1市1村4島のみで全体の広がりがない状況です。――
(cf.http://www.kyoiku.metro.tokyo.jp/gijiroku/syakyou27-3tei.pdf
この【8区1市1村4島】の内訳は、社団法人東京都小学校PTA協議会のサイトを見ると、だいたい察しが付く。(cf.http://www.ptatokyo.com/pyuki/wiki.cgi?H17%cc%be%ca%ed
すなわち如下だろう。
 ・8区=千代田区、文京区、墨田区、足立区、荒川区、世田谷区、目黒区、板橋区
 ・1市=府中市
 ・1村=檜原村
 ・4島=大島、神津島、八丈島、新島
なお、東京都のサイトを見ると、東京都は【23区26市5町8村】から成る。
(cf.http://www.metro.tokyo.jp/PROFILE/map_to.htm

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都教委(常勤系)のリテラシー

私のささやかな見聞から、用語「適正化」を難なく使う行政パースンズにリテラシーの乏しい傾向が否めないことは断言できる。
とはいえ、このケイス↓がその傍証になるかどうかは今のところ判断保留中。
  http://www.kyoiku.metro.tokyo.jp/press/pr081113g.htm
  http://date369g.blog54.fc2.com/

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柳田國男を学ぶ人々

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ぷ~た資料130:PTAが学校に施設贈呈

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ぷ~た資料129:PTAからメジャーデビュー

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「学校における男女の扱い等に関する調査」について

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軍談師

《軍談師の旅日記》(1997)
http://ci.nii.ac.jp/naid/110000466798/

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柳田とナショナリズム

《柳田國男におけるナショナリズムの問題》(1983)
http://ci.nii.ac.jp/naid/110000050450/

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美空とピアフ

《美空ひばりとエディット・ピアフ》(2003)
   http://ci.nii.ac.jp/naid/110000042361/

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〈日本オーソドクシー〉批判の系譜

幸運なことに何とも剛毅で理知的な論文群に遭遇した。
先ずは↓の3つから読み始めた。

《證眞の日本オーソドクシー批判 : 虚心に文献を読んだ研究者の見事な成果》(2005)
   http://ci.nii.ac.jp/naid/110003475256/
日本オーソドクシー点描 : 日本人が"佛教"と呼ぶもの》(2006)
   http://ci.nii.ac.jp/naid/110004018256/
《顯智の言葉に反映されるタマの文化 : 日本人の習性が分かりやすく現れている例》(2008)
   http://ci.nii.ac.jp/naid/110006873295/

…いやはや、ど豪い学者だ!(讃嘆微笑)
 *太字は私が同義用語と判断したことの印。

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かうろほうの雪

《枕草子「少納言よ かうろほうの雪 いかならん」》
http://ci.nii.ac.jp/cinii/servlet/QuotDisp?LOCALID=ART0000584578&DB=NELS&USELANG=jp

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助詞「だに」と万葉集

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Politics & Culture over Sex Education

《性教育をめぐる政治と文化》
http://eprints.lib.hokudai.ac.jp/dspace/handle/2115/33923

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歌の暴力性

《音楽で人を殺せるか :暴力表現の不法行為責任》
http://dspace.lib.kanazawa-u.ac.jp/dspace/handle/2297/4457

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フィンランドのスピリチュアル教育

《フィンランドの小学校教育におけるスピリチュアル・エデュケーションの理論・実証的考察》
http://ci.nii.ac.jp/cinii/servlet/QuotDisp?LOCALID=ART0008565498&DB=NELS&USELANG=jp

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地下生物圏

《海底熱水系における有機化合物および親生元素安定同位体組成の分布から地下生物圏を探る試み》
http://ci.nii.ac.jp/naid/110003375608/

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Canon Rock

感無量、というか、canon大量(微笑)。
http://jp.youtube.com/watch?v=_Lv6LkAmFTU

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ぷ~た資料128-01:ベルマーク(1)――個人参加専用窓口

気まぐれでベルマークについて調べ始めた。
音頭取りの朝日新聞社はさすがにPTA形骸化等々の情勢を織り込み済みで、2005年から、この運動への個人参加希望者向けに専用窓口を設けているらしい。
  http://aspara.asahi.com/bellmark/login/bellmark.html
2010年あたりが50周年。
以下、私的メモ書き。

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教育は子供/国家のためではない?!

論文サブタイトルは〈教育は子供のためでも国家のためでもない〉。
http://ci.nii.ac.jp/naid/110006479783/

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仏僧議員

法衣(ほうい/ほうえ)姿で国会に。
地方議会でも着用していたのだろうと思う。
国会で初めてだというのなら面白いことだ。
  http://fujitani-koushin.net/info_index.html#090105
  http://mainichi.jp/select/seiji/news/20090106k0000m010037000c.html?link_id=TT004

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ぷ~た資料127:PTA憲章

〈PTA憲章〉なるものがあるらしい。
私には「憲章」という用語がよく判らない。
「会則」類との違いも不明。
辛うじて「憲法」という用語を義務教育で学んだ人々が「憲章」の作成・公表に参画しているらしいことは判った。
その人々が「児童憲章」等の「○○憲章」を御存じであることを願う(微笑)。

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untouchables

《インドの被差別地区を訪ねて》http://ci.nii.ac.jp/naid/110004041426/
《アンベードカルと不可触民解放の思想》http://ci.nii.ac.jp/naid/110004630639/

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