とどくとおもう Ⅱ

Full of Junk and Nothing

あいまいな日本

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語れないこと語らない

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比較思想論の比較

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恋することが必要

あの中村元が23ページ目――23/27――で、そう言っている(微笑)。
以下、抜粋。
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やっぱり、恋することが必要ですね。
時々、学者が変なことをいうんですよ。
変なことを言うところに、
また一種の way of thinking が出るんですよ。
そこまで広げるべきだと、私は考えてますが。
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see⇒《人物ライブラリー「東洋の心を大地に探る」中村元:再録》(1994)

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世界思想史と禅思想

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1946年11月の第一日曜日

電網記事のコピペ(適宜改行byFJN)。
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 日本国憲法は、1946年11月3日(日曜)に公布され、6カ月後の1947年5月3日(土曜)に施行された。
日曜日に公布され、土曜日に施行されたのは、
一見すると意味がなさそうで、
実は意味がないのだけれども、
ちょっと考えると、曜日よりも日付に意味があったことがわかると思う。
11月3日は、明治天皇の誕生日(「明治節」)。
1948年の「祝日法」でこれが「文化の日」に変わったが、日本国憲法の上諭には、「朕は、…帝国憲法第73条による帝国議会の議決を経た帝国憲法の改正を裁可し、ここにこれを公布せしめる」とあるから、天皇絡みの記念日を公布日とすることで、二つの憲法の「連続性」を意識させる仕掛けである。
公布や施行に何らかの記念日が使われる例は外国にもあるし、国連憲章もそうである(効力発生日の10月24日は、ウェストファリア講和条約締結の日)。
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see⇒「公布」と「施行」の間

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鳩と、自由の女神と、国会議事堂と

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閃き検索(412)――日本国憲法公布記念式典の勅語

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日本国々憲案

《植木枝盛憲法案の人権保障規定に関する考察》(2009)

********◆要 旨◆***************************************
植木枝盛が1881(明治14)年の夏に起草した日本国々憲案は,周知のように,今日,歴史学界をはじめ法学界,政治学界等においてきわめて高く評価されている.
中でも,その人権保障規定に関しては日本国憲法と同様,あるいはそれをも凌ぐものであるとの評価が定着しているといってよい.
しかしながら,同案において,国民の人権が無条件,絶対的に確保・保障される仕組みになっているのかといえば,決してそのようなことはないと思われる.
とりわけ,特定の国家機関に人権の制限,停止を認める規定を設けていることは重大な問題といえよう.
そこで,本稿では今日(特に,日本国憲法)の観点から日本国々憲案の――人権条項はもとより――諸条項を改めて点検し,同案における人権保障規定の問題点を明らかにするとともに,それをふまえ,これまでになされてきた日本国々憲案,なかんずく同人権保障規定の評価の妥当性について考察した.
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官廳公示連絡事項

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日の出の勢い党?!

今夕、政党<たちあがれ日本>のHPを見た。
党名の英語訳が、
 THE SUNRISE PARTY OF JAPAN
だと知った。
『なるほどね。たちあがれ、を、たそがれ、と読まれそうで心配だったわけね』と思った(笑)。

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手引と提要

《『生徒指導の手引』(1981年)と『生徒指導提要』(2010年)の比較研究:
 「生徒指導の意義」における記述方法・意味内容の比較を通して》(2011)
  http://ci.nii.ac.jp/naid/110008690242

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退職の辞

私淑し学恩を感じることもあり、最終講義として読んだ(微笑)。
当該誌のページxxxiii以降から適宜抜粋コピペ。
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   ・・・〔前略〕・・・
さて、書き過ぎてしまったかもしれないが、思えば、学部長の永井政之博士より「最終講義」のようなことを熱心に勧められながら固辞して退職してしまったこともあって、それに代えるつもりで、一時限分約六十枚を念頭に書き始めてきたが、かなり前にその枚数を超えてしまったので、これ以降は、暦が改まった後の二〇一〇学年度のことを日記風に綴りながらお別れを告げることにしたい。
   ・・・〔中略〕・・・
昆野伸幸「戦時期文部省の教化政策――『国体の本義』を中心に」『文芸研究――文芸・言語・思想――』第一六七集(二〇〇九年三月)、六四―七五頁を後で読んでみて、その中に、私の曽て愛読した柳田謙十郎博士が、唯物論へ転向する前の一九三九(昭和一四)年の時点でも、文部省教学官となる依頼を断っていたことを初めて知って嬉しかった。私は、高校三年の時に、柳田博士の著書に巡り会い、大学二年になるまでは熱心な愛読者であり、その後、意識して封印してしまったが、今でもその数冊の著書を所持している。『弁証法入門』(青春出版社、一九五八年、一九六一年第一一刷)に至っては、私には珍しいことだが、末尾に、高校三年の一九六一年に、六月一七日と九月十四日と十一月二十六日との三度にわたって読了されたことが今見てもきちっと分かるように記し残されている。私は終に「唯物論」(勿論「史的唯物論」)者に成り切ってしまうことはなかったが、「観念論」か「唯物論」かのいずれかしかなく、どちらでもないなどというのは「観念論」にほかならない、という柳田博士の転向をもっての説得にはほとんど屈したも同然だったのである。
   ・・・〔中略〕・・・
三月九日には、残余の図書を自宅に送付するだけでよいばかりになっていた。その日、午後に到着予定の配送業者を待つまでの午前中に、私は大学の事務室で最後のコピーを行っていたが、午前十一時四五分に事務室のある六階が大きくゆっくりと揺れた。
   ・・・〔中略〕・・・
その後、配送業者は思っていた以上に早く来てくれたので、本の運び出しも午後のかなり早い時間に終った。余裕ができたので帰路横浜に寄って買物もすませ、夕方の食事時には帰宅できた。しかし、地震の怖さが頭に残っていたせいか、夜のNHKのテレビ放送だったかと思うが、東大の地震研の助教という若い女性の研究者が、その日の午前中の地震は宮城沖に想定されているプレートに由来する地震とは全く関係ないと言い切った解説に妙な反発を覚えたものである。しかるに、この地震については、後日、同じ東大地震研の助教、加藤愛太郎氏が、恐らくはこれをも含むであろう「海側のプレート(岩板)が陸側に沈み込む境界で起きた本震までの一連の地震を解析した」(『毎日新聞』夕刊、二〇一一年五月二十一日(土)、第一面)結果の発表を、五月二十二日から開催の「日本地球惑星科学連合大会」で行うとの報道があったので、東大地震研の名誉のために補足しておく。
   ・・・〔後略〕・・・
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cf.――《略歴業績及び退職の辞》(2011)

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合理と非合理

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1937年,日中戦争の本格化に伴い,日本は戦時期に突入し,総力戦体制の構築に邁進することとなる。
総力戦は,政策遂行や動員を効率的に行なうために,機構の統合や国民の主体性喚起などを必然化し,その際には一定の合理性・科学性が重視されなければならない。
しかし,よく知られているように,戦時期の日本においては天皇主義,国体イデオロギーといった極めて非合理的な考えが社会の各層に浸透していた。
とくに天皇を現人神視し,天皇が統治する日本を神国とする考えはかなり一般的なものであったと考えられる。
とすれば,何よりも合理性が要求されていた総力戦下の日本において,なぜ非合理的な現人神天皇観が日本社会を覆いつくしたのだろうか。
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see⇒《総力戦下における文部省の教化政策》(2008)

cf.――《戦時期文部省の教化政策――『国体の本義』を中心に》(2009)

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閃き検索(411)――浄土教批判 野々村直太郎

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閃き検索(410)――何故に斉藤隆夫君は懲罰に附せられたる乎

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閃き検索(409)――岡っ引き 牧羊犬

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迎合と回避と感情表出と

《冗談に怒りを感じた場面における聞き手の反応を規定する要因の検討:
 拒否に対する感受性,話し手との関係性,周囲の反応に着目して》(2010)
  http://ci.nii.ac.jp/naid/110008440860

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対立と懐柔

《戦後日本における階級政治の発見:問題の提起》(2008)
 http://ci.nii.ac.jp/naid/110007622447

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閃き検索(408)――mext 五反野小学校

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ヴォランティアを考える

『近藤に学ぼう』と思う(微笑)。

cf.――サイニィ検索with【近藤良樹 ボランティア】

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閃き検索(407)――五反野小 統合 足立小

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閃き検索(406)――沖縄 田母神 炎上

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閃き検索(405)――特典付PTA役員制度 缶バッチ

google検索結果

ぷ~たジャンキーの考え付くことって果てしなくジャンキーだよなぁ(笑)。

cf.――google検索with【pta継続特典

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天皇制の将来像

《天皇制と皇位継承―将来の天皇像と皇位継承方式―》(2012)
 http://repository.aichi-edu.ac.jp/dspace/handle/10424/4473

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キリスト教宣教学

《Indigenization, InculturationからInterculturationへ》(2012)
 http://ci.nii.ac.jp/naid/110009437809

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ぷ~た資料897:保護者を統治する

《学校運営協議会による保護者啓発の論理と帰結》(2011)
 http://ci.nii.ac.jp/naid/110009357191

*****◆抄 録◆**************************************
保護者に対し学校に協力する特定の行動を求め、同意の上署名をして提出する「確認書」実践を行う学校運営協議会に着目し、その取組を実現させた論理と帰結を実証的に検討した。
その結果導出されたのは、学校選択制下で、学力という成果を求める学校運営協議会が、地域の社会関係を介して保護者に対する問責を生じさせ、保護者を統治する様であった。
保護者は然るべき行動を取ることができない場合があるが、それは社会的要因の制約による部分があるにもかかわらず、それへの顧慮は剥ぎ取られたままであった。
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編集長代行

朝日新聞サイトからコピペ。
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週刊朝日編集長・河畠大四を社長付とする人事について
弊社は、週刊朝日10月26日号に掲載した橋下徹・大阪市長をめぐる記事について、24日付で朝日新聞社の第三者機関「報道と人権委員会」に見解を求めました。今回の人事は、河畠が同委員会による審議に全面的に協力するための措置です。河畠を含めた関係者の正式な処分は、同委員会の見解を踏まえたうえで決定します。
 ◆朝日新聞出版人事(10月26日付)
   社長付とする(週刊朝日編集長)  河畠大四(かわばた・だいし)
   週刊朝日編集長代行兼務とする   書籍統括 尾木和晴(おぎ・かずはる)
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see⇒http://publications.asahi.com/news/279.shtml

・・・私は河畠を知らないが尾木は知っている。
『たしか、臆病者のマキャヴェリスト、みたいな奴だったよな』と思う(微笑)。

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日の丸プロポーション

《国旗〈日の丸〉のプロポーションについて》(1976)
 http://libdspace.biwako.shiga-u.ac.jp/dspace/handle/10441/4282

知り合いに、「国歌を唄う」と言って、唄って聴かせてくれた人がいる。
  ♪白地に赤く日の丸染めて ああ美しい日本の旗は♪
・・・私は拍手したね(笑)。

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閃き検索(404)――今道友信 健康への懐疑

google検索結果

以下、イマミチ節を抜粋する(微笑)。
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非常な肉体的苦痛や限度を超えた精神的苦痛を免れようとすることと、
生命を守ろうとすることが、
失神や仮死の生物的機構なのである。
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