とどくとおもう Ⅱ

Full of Junk and Nothing

2016年のこと

井上が説く「天皇制=民主的奴隷制」に呼応する帝スピーチを今年の8月に視聴した。
その年として今年は記憶される、私的恣意的に。
cf.――

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≪折れた矢≫を観た

26日に観た。
290円のDVDを買って観た。
なかなか好かった。
最初に見たのは1960年代の始めだったと思う。
おそらくUCLAのどこかで上映会があって見た。
昔見た映画を観るというのも好いものだ。

cf.――予告編サイト

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レイプなんだよ、PTA

≪Major Crimes≫#4の【The Jumping Off Point】を観た。
cf.01――http://www.imdb.com/title/tt4561974/
cf.02――http://tv.foxjapan.com/fox/program/episode/index/prgm_id/20511

以下、英語の台詞の抜粋。
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●:He raped you?
▼:Is that rape?
●:If sex is forced on you without your consent, yes, it’s rape.
▼:Wow・・・I didn’t even think I counted like that.
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日本語にすると、こう↓。

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職業論と開放論

署名記事《やはり孤独な皇太子》がリリースされたのは1959(昭和34)年のことだ。
   cf.――サイニィのサイト
私は未見だが、こう書かれているらしい。
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皇太子に近い、ある同級生が伝えてくれたところによると、皇太子は『天皇職業論』を唱えているそうである。簡単にいうと、二十四時間天皇でいるのはかなわないから、八時間勤務にして、残りの時間は人間として生活したい、そのためにはオフィスと私邸を分離することが望ましく、そうなると、現在のように大きな皇居は不必要になる、だから『皇居開放論』には賛成だ、というのだ。私が望みたいのは、皇太子が機会をとらえて記者会見などでこうした意見を開陳して欲しいということだ。
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裁判とはそういうもの

私は小学生の時に宮澤賢治のポエム≪雨にも負けず≫を読んで『変な詩だな』と感じた。
特に「北に喧嘩や訴訟があればつまらないから止めろと言い」が腑に落ちなかった。
喧嘩も訴訟もつまらないものではないと思っていたからだ。
以来、宮澤賢治は嫌いとまでは言わないがさほど好きではない。
詩人として見れば宮澤は対句センスが拙い詩人だと思う。
唱題はしただろうがさほど法華経を読み込んだ法華経信者とも思えない。
ところで、1987(昭和62)年1月14日付<京都新聞>に森毅(当時は京都大学教授)の見解が載っているらしい。
こんな見解だ。
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世界中で行われていることではあるが、旗におじぎをしたり、気をつけをして歌を歌うのは、私は野蛮なことだと考えている。
好きな人やファンである人がやられるのは勝手だと、その点では私は寛容なので、まあしゃあないと思っている。
しかし、なんで学校の儀式で一斉に『君が代』を歌わなければならないのか。
大体、学校というところは、そういうことをやらしたがるが、私は一切、気に食わない。
第一、歌は趣味で歌うものだ。
『君が代』テープの配布は、学校をカラオケ化したいということで、“カラオケ方針”には歌いたい人が歌えばいいので、私は勧められても歌うつもりはない。
訴訟については、裁判の結果がどうなるかはともかく、提訴することによって考えられる人が出てくる効果があるのではないか。
黒か白か、結果はあまり問題でもない。
黒でもいいから、この際裁判をやっておこうという人たちがいてもいいのでは。
裁判とはそういうものだと思う。
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いわゆる【熊本PTA訴訟】には「PTAの野蛮さ」を指弾した側面がある。
その野蛮さについて熊本大学法学部の教授2人に考えさせる契機も提供した。
ほかにも考えさせられた「野蛮なPTA関係者」は多かろう。
『裁判とはそういうものだ』と私も思う。
なお、先に「載っているらしい」と記したのは京都新聞のその記事のオリジナル系紙面を私は未見ゆえ。

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熊本PTA訴訟第2審:和解交渉情報

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