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とどくとおもう Ⅱ

Full of Junk and Nothing

閃き検索(267)――誰も誰をも代表しない 誰も誰にも代表されない

以下、《当事者主権》(2003,岩波新書新赤版#860)のp.17-p.18からの抜粋(適宜改行byFJN)。
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 私たちの社会は民主主義の社会だということになっているが、多数決民主主義、代表制の間接民主主義の原理のもとにある。
当事者主権の考え方は、この代表制・多数決民主主義に対抗する。
 そういえば、ビックリする人もいるかもしれない。
民主主義には欠陥があるが、これに代わるそれ以上の政治的制度はない、と信じている人たちが多いからである。
だが、代表制の間接民主主義ばかりが民主主義ではない。
民主主義には、直接民主主義や参加民主主義、そして多数決によらない合意形成のシステムもある。
民主主義が多数決民主主義に拠っている限りは、人口の約三%と言われる障害者は決して多数派になれず、「最大多数の最大幸福」のために排除され抑圧される運命にある。また、当事者主権の考え方は、第三者や専門家に自分の利益やニーズを代弁してもらうことを拒絶する。だれかを代弁することも、だれかに代弁されることも拒否し、私のことは私が決める、という立場が当事者主権だから、代表制の民主主義にはなじまない。
 そのためには「最大多数の最大幸福」を基準とするような「公共性」の理念を組み替えなければならない。
公共性は、少数派の犠牲のもとに成り立ってはならない。
ラディカルな民主主義の立場は、少数者であっても多様性を容認し、他人と違っていていい権利、違うからといって差別されない権利を擁護してきた。
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