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とどくとおもう Ⅱ

Full of Junk and Nothing

【カルト】の意味と用法

前のエントリで紹介した論文から転写貼付(一部緑化と適宜改行etc.byFJN)。
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カルトという言葉になじみのない方がおられるかもしれないので、言葉にまつわる一通りの説明を先にしておこう。
カルトという概念は非常に幅広く用いられているために、カルトを論じ合うと水掛け論になることが多い。
 「カルトと宗教の区別を教えて欲しい。」
 「どんな宗教も元はカルトではないか。」
 「反カルトもカルトだろう。」
こんなやりとりを聞いたことはないだろうか。
お互いにどのようなカルト概念に基づいて議論しているのかを明らかでなかったり、意図的に議論の水準をずらしたりすることでカルト論争は迷走してきた。
元々カルト(cult)という言葉は、ラテン語のcultus(耕作、養育、教養、尊敬、祭祀)に由来する米語で、ランダムハウスの英語辞典にはおおよそ、
  ①宗教的崇拝や儀式、
  ②人や事物への熱狂、
  ③崇拝者の群れ、異端視される宗教、
  ④カリスマ的教祖とゆるやかな組織を有する新宗教運動、
  ⑤人権を侵害し、社会秩序を破壊する組織を破壊的カルトと呼ぶ
といった意味や用法がある。
日本では宗教学者がローマ人の多神教的宗教(祖先祭祀、神々の神殿において献げられる祭儀、皇帝崇拝)の叙述する際、カルトの言葉を①と②の用法で用いていた。
また、文化人類学では土着主義運動が①と②の文脈で捉えられてきた。
③と④の概念は、宗教社会学によって用いられる。
しかし、①から④までの用法を知っている人は少ない。
⑤の用法がマスメディアをはじめ、一般の人々にも広範に使われている。
オウム真理教(現在のアレフ、光の輪)や統一教会に代表される社会問題性の強い宗教団体がその代表例だろう。
現在、⑤の用法には、心理操作という意味で洗脳やマインド・コントロールという概念が付加的に用いられることがある。
カルトの社会問題性とは、勧誘手法や教化の手法にあり、彼等は人を説得するために様々な心理的テクニックや認知的バイアス、潜在意識を利用しているところにあるというものだ。
西田公昭や下條信輔の著書が参考になる。
また、カルトと現代社会の関係を臨床心理の側面から知りたい方には、『現代のエスプリ―カルト 心理臨床の視点から 490』(至文堂)、カウンセリングや学校教育に関わっておられる方には、日本脱カルト協会編『カルトからの脱会と回復のための手引き』(遠見書房)が実に役に立つ。
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see⇒《孤立化する若者とカルト:親密性の綱引きをはじめた大学から》(2009)

私は「②人や事物への熱狂」を基本として【カルト】を理解する。
私が会って話した【カルト】の人々は、皆さん「熱狂」していた。
「熱狂」の対語を「涼狂」と考えれば、熱く狂っている人よりも涼しく狂っている人のほうが賢くて話が通じる。
熱狂者の論理・思考・語法はイイカゲンで、涼狂者の論理・思考・語法はヨイカゲン。
はたから見ていて、熱狂者どうしが意気投合する様は怖い。
涼狂者どうしが、おいそれと意気投合しないよう進める議論は、面白い。
涼狂の先に風狂があるのかもしれない(微笑)。

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