とどくとおもう Ⅱ

Full of Junk and Nothing

沈黙とレスペクタビリティ

《沈黙する人権》(2012年5月3日刊行)を拾い読みした。
以下、読んだ順に2箇所から抜粋する(適宜改行byFJN)。

●p.071のℓ.7-ℓ.11。
***********************************************************
「あのとき、自分に別の選択肢があることに気づいていたら……」。
その分岐点に戻ることはできず、いまから選択を変更しようとも思っていない主体が、
「存在したかもしれない・存在しえなかった自己」
についてこのように語ることは、多くの場合「愚痴」と呼ばれ、
社会一般では価値の低い言論とみなされるだろう。
レスペクタビリティを重視する人間ほど、こうした語りへの自己検閲も厳しくなる。
***********************************************************

●p.058のℓ.1-ℓ.6。
***********************************************************
人間存在にとって重要な事柄であるにもかかわらず、
その自由・平等を享受できていない人びとが、
その不自由・不平等を口にできずにいる状況もある。
とりわけ、良識、品位、思慮といった徳性を十分にもった人々ほど、
そうした徳性を十分にもった<一人前の市民>として尊重されていたいという欲求
すなわち
  「レスペクタビリティ」への欲求
を強くもっているため、
このレスペクタビリティを失うことを恐れて強く自己抑制を働かせてしまう結果、
沈黙を選びやすい。
***********************************************************

cf.――英和辞典の【respectability
スポンサーサイト

PageTop

コメント


管理者にだけ表示を許可する