とどくとおもう Ⅱ

Full of Junk and Nothing

自分自身が納得できるか

Ms中村とMr今道の対談から。
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(今道) それから、気になるのは、文学や哲学が技術で利用されることは今までは少なかったけど、怖いのは、情報メディアに乗ると文学も科学技術の操作範囲に入ってくるかもしれない。科学技術によって、今やほとんどの人が昔でいえば何百人分の力をもたらされている状況です。早馬を何頭も走らせてやっと届くようなことが、携帯電話で瞬時にできる。そのわりに責任意識がない。アカウンタビリティーだけの世界になってリスポンスビリティーが失われているのです。
(中村) 確かに全てが情報として流れてしまって、自分との関わりの点での自覚が足りませんね。
(今道) 僕も哲学者のリスポンスビリティーを考えなければいけないんだけれど、科学者のリスポンスビリティーが今、好奇心で済まされ過ぎているような気がしてならない。そうじゃない。好奇心の充足は、研究を進める意味では大事だけれど。僕はうっかりすると、科学者の悪口を言ってしまうけれど、そうじゃなくて、哲学者を含めて、学者のリスポンスビリティーっていうのが、今非常に大事なことだと思います。
(中村) おっしゃる通りです。アカウンタビリティーでは、人を納得させられればよいことになってしまいますが、一番大切なのは自分自身が本当に納得できることをしているかということです。そこに責任が生じる。今は、好奇心すら失われかねない世の中なので、科学好きの子どもを育てるには、好奇心をもたせなければいけないという声が高まっていますが、その先には先生のおっしゃるようなリスポンスビリティーが不可欠のはずです。
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see⇒讃美と涙が創造の源泉:今道友信×中村桂子》(2003)
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