とどくとおもう Ⅱ

Full of Junk and Nothing

ぷ~た資料1011:小学校の設立事情

花井の論文は面白い。
今日は≪学校と地域との協働の史的経験≫(2012)を読んだ。
うむ、面白い。
以下、出だしの2段落をカット&ペイスト。
*********************************************
 学校と地域との協働の始原は、「学制」下における小学校の設立事情にあります。全国各地に設立された小学校は、地域の人びとによる寄付金によって財政的基盤を得ました。所有する田畑の広さに応じて寄付金額が決められたり、米の収穫高の違いによって決められたり、家族の人数に応じて割り当てられたりなど、いろいろな方法はありますが、地域民に対する強制的な学資金の寄付が、小学校の設立・維持の基盤です。
 資金面だけではなく、学校建設の労働力の提供も地域民はしています。材木の伐採から始まり、それの運搬、土台を固めるための力仕事もありました。経済面だけではなく労働面でも地域民の努力で小学校は造られたのです。ですから、小学校は地域民の共同所有という見方が生まれました。したがってそこで行なう教育の事柄は、地域民に開かれていなければならなかったのです。
*********************************************

その少し先をカット&ペイスト。
*******************************************
法的規定はないということを、歴史的に解釈しなければ、歴史研究の意味はないと思います。いつ始まったか。それは古く見つかれば、これだと言えばいいのです。その内容を見れば、目的・手段がわかるわけです。法的規定はないと、つけたしで言っているけれども、これは実際の法規定がないから言っているだけなのでしょう。では、なぜないのか。それを解釈するのが、教育史研究ではないでしょうか。
*******************************************

そのまた少し先もカット&ペイスト。
*************************************************
通信簿というのは、学業成績の評価をどうするかという観点から、どう表記したらよいか、書式をどうしたらよいか、という考えは、歴史的な成り立ちから言えば、ほとんど意味をもたないのであります。通信簿は、学校と家庭との連携という、学校経営、学校運営の問題として、歴史的にはとらえられる事柄です。したがって、保護者会とかPTAという、そのような学校と学校外の連絡をどうするかという観点から、考えられるべき事柄です。学校沿革誌というのが、それぞれの小学校に明治一九年から作られています。それを見ますと、学校と家庭との連絡という項目の中に、必ず通信簿というのが書いてあります。
*************************************************
スポンサーサイト

PageTop

コメント


管理者にだけ表示を許可する