とどくとおもう Ⅱ

Full of Junk and Nothing

ぷ~た資料1106:森戸辰男のPTA講演

論文雑誌『教育技術』の創刊と展開≫(1997)に、こう書かれている。
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 また、もうひとつのこの時期の特色として、「最近の教育問題夏季特集号」(第3巻第5号、8月1日)を刊行したことがあげられる。同号は、座談会「各政党の教育政策を語る」をはじめ、新しい教科書の問題やP.T.Aに関する問題など、当時の教育問題を取り上げているが、なかでも、文部省「教科書検定に関する新制度」や金丸光雄(日教組国語教科書編纂協力委員)の「新教科書の誕生」記事は、来年度以降実施される検定制度のあらましについて述べたものとして注目される。また、P.T.Aについては、森戸辰男文部大臣の「父母と先生の会の本義と使命」を掲載したのをはじめ、新たに本号から、「P・T・Aの頁」を特設し、全国のP.T.Aに関する情報交換の場としていることも目につく。ちなみに、同号と次号には、5月27日から29日にかけて開催された「PTA協議全国大会の報告」が収められ、10月1日発行の第3巻第7号以降、全国各地からのP.T.Aの報告とP.T.A研究を掲載している。
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私は『教育技術』の当該号をいつか読みたいと思う。
ちなみに以下は戦後日本教育史料集成 第二巻≫(1983,三一書房)p.505上段-p.506上段の≪201 「父母と先生の会」の本義と使命――森戸文相講演(昭二三・五・二七)≫全文。原文は縦書き。【 】内byFJN。
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 昨年、文部省から、わが国の「父母と先生の会」に関する小冊子を出してから一ヶ年になるが、その後全国小学校、中学校、高等学校の七割まで「父母と先生の会」(PTA)の結成をみていると推定される。アメリカ合衆国では、現在二万八千のPTAができているというが、それは全学校の二割に満たない程度である。
 これに比してわが国の結成が、この短期間に七割に相当する数字を示していることは国民の新教育に対する熱意をあらわすものとしてよろこびにたえない。しかし、これを数字や形式上のことにとどめず、内容を充実することが大切である。本大会が催された意義もここにあるものと考える。
 わが国の新教育実施にあたって、この「父母と先生の会」のもつ意義は、いろいろの立場から考えられる。その第一は教育における民主性の問題である。教育は民主的制度によってあらためられ、教育の機会均等をはかるために、義務教育の九ヶ年延長をみ、教育は一切国民全般の手によって行われることになった。もはや教育は従来のように文部省や教師などの独占物であってはならない。今後の教育は全国民の責任に於てなされなければならないのである。ここに教育行政の地方分権が叫ばれ、教育委員会法が提案されようとしている理由がある。「父母と先生の会」の結成されねばならぬ第一の意義もまたここにあるのである。
 第二の意義は、教育の社会化ということである。教育基本法のうちにも「民主的な平和的な社会の形成者を作る」ということが示されてあるが、これによって今後の教育に社会性の重要なことは明らかである。この教育の社会性については、ナトルプも、その教育原理としてといっているところであって、社会のうごきが教育に滲透することは現実である。社会悪が学校内に及んでいる事実は、まことにかなしむべきことである。この事実におし流されることなく、逆に教育の力で社会をリードするところまで進出せねばならない。
 ここに教育の積極的な社会性が考えられるわけであって、社会と学校の結合とくに「父母と教師の結びつき」が重要視されることになるのである。
 以上の立場から生まれた「父母と先生の会」には当然次のようなことが考えられる。
 一、新教育の目的を達成するため、青少年を正しく導くための会でなければならない。
 したがってPTAを教師の物的援護の機関とするだけに終わってはならない。
 二、この団体は民主的につくらるべきものであって、強制されてはならない。あくまでも任意のものでなければならない。
 三、PTAはPもTも即ち父母も教師も平等の立場に立って、教育の目的達成につとむべきものであるから、父母が物的援助をしてボス的存在になって教育を支配しようとしたり、あるいは教師が自己の目的達成のための具に、この会を利用するといったことは絶対にゆるされないことである。地方によっては教員組合と、PTAの立場が異るため、それが新教育の実施に大きな障害になっている向きがあるようであるが、父母、教師は互に連絡し合っていかねばならない。
 つまり父母は教師に心から協力し、教師はよく自らを反省し父母の期待にそうようにならねばならない。
 四、PTAは法律で定められたものでもなくまた政府の命令によったものでもなく、全く民間で各自の自由な意志によってできた民主的な民間組織である。つまり愛する子どもたちのために、お互が熱意をもって結ばれたものである。故に、この精神に徹して、ともどもにこのPTAの育成・発達につとめねばならない。
 五、次にPTAは公正で忠実【中立?】な立場をとらねばならない。故に、一党一派に偏してこれを戦争【政争?】の具に供するようなことがあってはならない。また、営利的な面からはたらきかけられて、ボス的行動に動かされたり、あるいは宗教上の一宗一派に使われて宗教に利用されてもならないのである。さらに考えねばならぬことは、時流に迎合して、その本来の意義を失うようなことのないようにせねばならない。
 以上の諸点に特に留意すべきである。これを要するに、今日のわが国における「父母と先生の会」が全国学校数の七割まで結成されていることはまことにめざましい発展といわねばならぬ。
 しかし、これは一時の流行、ないし雷同附和によるものであってはならないのである。
 われわれの最大の希望を子どもたちの幸福におくとき、教育のことは単に文部省や教師だけにまかせるべきものではなく、一般社会の人びとの自覚によって、父母と教師とが互に協力して本来の使命をはたすようにしていただきたいのである。(PTA研究協議会全国大会における講演)
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