とどくとおもう Ⅱ

Full of Junk and Nothing

ぷ~た資料1112-06:持田に学ぶ(6)

ぷ~た資料1112-01:持田に学ぶ(1)で触れた講演録に持田の異名が「ダンプカー」と紹介されている。
以下、紹介文の転写貼付(適宜改行&オレンジ化etc.byFJN)。
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持田栄一先生について
持田先生は国民教育運動の理論的指導者として、早くから、その名を知られておりました。
先生の名著「教育管理」(1961〈昭和36〉年 国土社)は教育行政、教育管理さらには学校現場及び教育の仕事に携わる人たちの様々な問題を考える場合に、欠くことの出来ない必読の研究書であります。
先生は研究室に閉じこもる研究者ではなく、学校現場で働く人たちの問題に深い関心をもたれ、特に事務職員の問題については、その感が深く、1960(昭和35)年には日教組事務職員部の全国学校事務研究集会の開催に尽力され、以来その講師として、さらには、日教組教育研究全国集会の教育行財政分科会の講師として現在に至っております。
1961(昭和36)年には教育行財政の研究者及び学校現場の事務職員の同志と共に「子どもに質の高い教育を保障するための教育行財政の研究を目的」として、教育行財政研究会を組織し、その中心的存在として、わが国の教育界にかつて見られなかったユニークな活動を展開し、1963(昭和38)年には機関誌「現代の学校」を発刊いたしました。
先生は1962(昭和37)年の第12回北海道公立小中学校事務研究大会・函館大会に講師として初めて来道され、「現代社会における学校と学校事務学校事務研究の将来を指向するもの」と題して講演されましたが、この講演は、現在に続く北海道における小中学校事務職員の学校事務研究の基盤をなしているのであります。
翌1963(昭和38)年8月の策2回全国教育財政研究集会(慶応大学)には本道の代表4名が参加して、2日間にわたって先生の指導をうけましたが、これが機縁となり、その年の秋、北海道教育行財政研究巡回集会が計画され、先生は、10月28日から31日まで札幌・滝川・旭川・北見を巡回し指導され、参加者の胸に深い感銘を刻みつけたのであります。
丁度この時、11月2日から釧路で第13次北教組教育研究全道集会が開催されることになっておりましたが、基調講演者の大槻健先生(東京大学)が交通事故で来道できなくなったので、急きょ先生がピンチヒッターとして基調講演をされました。
「現代教育の諸問題」と題し、学校現場の身近な問題をとりあげ、明解な論旨、迫力ある話しぶりは、参加者を魅了してしまいました。
以来、12年ぶりの先生の御来道です。
この間、1965(昭和40)年4月から1年間西ドイツに留学されましたが、今日ある北海道の小中学校事務職員の学校事務研究、さらには、全国小中学校事務職員の学校事務研究を語るとき、先生を抜きにしては語れない…持田先生は、そういう存在の研究者。
ダンプカーのニックネームをもち、酒を愛し、人を愛し、談論風発、柔道で鍛えた体で東奔西走する。
「現場を歩いている者と、書斎で本の虫になっている者と、どちらが学問として強いか。その勝負の場は学会だ…」という主張のもとに、安宿で用務員のオジサンや事務職員と、酒をくみかわしながら、日本の政治や教育について語り合う、学校現場で働く人たちの喜びと悲しみを、身をもって理解している教少ない研究者の一人であります。

なお、先生は1925(大正14)年生、東京帝国大学文学部教育学科卒、専攻は教育学・教育行政学です。
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