とどくとおもう Ⅱ

Full of Junk and Nothing

裁判とはそういうもの

私は小学生の時に宮澤賢治のポエム≪雨にも負けず≫を読んで『変な詩だな』と感じた。
特に「北に喧嘩や訴訟があればつまらないから止めろと言い」が腑に落ちなかった。
喧嘩も訴訟もつまらないものではないと思っていたからだ。
以来、宮澤賢治は嫌いとまでは言わないがさほど好きではない。
詩人として見れば宮澤は対句センスが拙い詩人だと思う。
唱題はしただろうがさほど法華経を読み込んだ法華経信者とも思えない。
ところで、1987(昭和62)年1月14日付<京都新聞>に森毅(当時は京都大学教授)の見解が載っているらしい。
こんな見解だ。
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世界中で行われていることではあるが、旗におじぎをしたり、気をつけをして歌を歌うのは、私は野蛮なことだと考えている。
好きな人やファンである人がやられるのは勝手だと、その点では私は寛容なので、まあしゃあないと思っている。
しかし、なんで学校の儀式で一斉に『君が代』を歌わなければならないのか。
大体、学校というところは、そういうことをやらしたがるが、私は一切、気に食わない。
第一、歌は趣味で歌うものだ。
『君が代』テープの配布は、学校をカラオケ化したいということで、“カラオケ方針”には歌いたい人が歌えばいいので、私は勧められても歌うつもりはない。
訴訟については、裁判の結果がどうなるかはともかく、提訴することによって考えられる人が出てくる効果があるのではないか。
黒か白か、結果はあまり問題でもない。
黒でもいいから、この際裁判をやっておこうという人たちがいてもいいのでは。
裁判とはそういうものだと思う。
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いわゆる【熊本PTA訴訟】には「PTAの野蛮さ」を指弾した側面がある。
その野蛮さについて熊本大学法学部の教授2人に考えさせる契機も提供した。
ほかにも考えさせられた「野蛮なPTA関係者」は多かろう。
『裁判とはそういうものだ』と私も思う。
なお、先に「載っているらしい」と記したのは京都新聞のその記事のオリジナル系紙面を私は未見ゆえ。
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コメント


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FJN様 

控訴人個人のFacebookと【PTAと学校問題を考えるFBの会】の2つのFacebookに
御ブログ(裁判とはそういうもの)をシェアさせて頂きました。

いいね!がたくさんになると思います。

ありがとうございます。

お体を大切にされてください。

平成28年2016年12月22日本日は終業式の日です。

                違法PTA裁判控訴人より

違法PTA裁判控訴人 | URL | 2016年12月22日(Thu)06:52 [EDIT]


Re:

違法PTA裁判控訴人さん、ども!
シェアいただきありがとうございました。

佳い年末年始を御過ごしくださいませ。
皆さまの御健祥をお祈りいたします。
合掌

FJN | URL | 2016年12月31日(Sat)11:35 [EDIT]