とどくとおもう Ⅱ

Full of Junk and Nothing

結果、記載はされていたのです。

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6月25日(木)は開校記念日です。今年で開校137周年を迎えます。
一昨年、開校135周年の機に、私は、泰明小学校創立の経緯と「泰明」という学校名が生まれた由来を調べようと、都立公文書館を何度か訪ねました。
公文書館に行こうと考えたのは、公文書館に保存されている昔の銀座地区に関する公文書に、明治6年にすでに「泰明学校」の記載があることを知り、その文書を探せば泰明小学校誕生の背景が分かると考えたからです。
ところが、データ化されている保存文書のどこを見ても「泰明」の文字は表れてきません。
その文書は、銀座にある煉瓦の建物をだれが譲り受けたかが記してある公文書です。
当時、東京都が民間に建物を譲渡していたのです。
その中に、「泰明学校」の記載があるはずなのです。
300頁ほどの文書を、元数寄屋町を手がかりに、何度も探しました。
公文書館を訪ねて三度目、私は職員の方に尋ねました。
「この文書には誤りがあるのではないでしょうか。泰明学校の記述は一度も出て来ません。」
そうしたら、公文書館の方が、原本を持ってきてくださいました。
1頁ずつていねいに調べてくださいました。
結果、記載はされていたのです。
どうして見つからなかったのかというと、記述されていた文字が、削除されていたからです。
削除した部分に薄く「泰明学校」と残っていました。
結局、なぜ削除されてしまったか、だれに譲渡される予定だったのかは分かりませんでした。
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2015年6月発行<泰明だより>#299から

学ぶ人は尋ねる、問う。この時の和田は学徒だったね。唸ったゼ。
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