とどくとおもう Ⅱ

Full of Junk and Nothing

ぷ~た資料2018-017:ぷ~た略史の概観

日本の教育経験:途上国の教育開発を考える≫(2003)p.58-p.59から転写貼付。
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1-2 保護者・地域住民の学校経営への参加の変遷

日本の学校教育を振り返ると、その開始当初から保護者と地域住民が果たしてきた役割は大きい。当初は、校舎建設を中心に学校教育にかかわっていたが、今日では、部分的にではあるが、学校経営そのものへの関与まで見られるようになってきた。以下では、主に戦後、米国をモデルとして導入された“Parent and Teacher Association(以下、PTA)”に焦点を当て、時代を戦前、戦後復興期、発展・安定期、現在の4区分に分けて、その特徴や機能について概説してみたい。

[戦前の学校後援会:~1945年]
1872年(明治5年)公布の「学制」では教育の機会均等と同時に就学義務についても触れており、学校教育開始当初から義務教育の普及について保護者の関与が重視されていたことがわかる。また、国庫が貧しい当時、当事者負担の原則に基づく授業料徴収制を導入していたため、学校と地域住民のかかわりは極めて密接であったと考えられる。富者の寄進によって「貧人小学」が設けられる等地域住民による協力活動も見受けられ、そのような動きは明治後期に広く見られるようになった。
米国のPTA運動5を受けて、1899年(明治32年)に東京都に「学校後援会」が結成された後、多くの学校に同様の団体が組織された。1900年(明治33年)には無償制を原則とする4年制義務教育が、1907年(明治40年)には6年制義務教育が実現したが、多くの団体は学校整備や催しへの寄付が主な活動であり、教育の振興を目的としているものの、実際は学校に対する財政支援組織であったと考えられる。

[戦後復興期におけるPTA:1945~1959年]
PTAは民主主義教育推進のために戦後占領軍により指導・設置された組織である。文部省はPTA設置を奨励し、1946年(昭和21年)には省内に「父母と先生の会委員会」を設置し、委員会によってPTA結成の手引書や参考規約、パンフレット等が作成された。そして、早くも1948年(昭和23年)には、7割近くの全国小・中学校にPTAが設置され1950年(昭和25年)には、小・中学校のPTA結成率はそれぞれ93%、89%となった6。さらに、全国の学校に広くPTAが組織されるようになると、地域ごとの地域協議会が結成され、1952年(昭和27年)には「日本PTA全国協議会」の原形となる全国組織が結成された。協議会は機関誌の発行、優良PTAの表彰、PTA週間の設定、PTAの最高諮問機関として調査、審議、具申等を行う「審議会」の設置等を行った。
このように短期間でPTAが広く組織された背景には、メディアの果たした役割も大きいと考えられるが7、戦前から存在する「学校後援会」の名称をPTAと変更したにすぎず、その内実は旧組織と変わらなかったというものが少なくなかった8。また、PTA結成の動機は「県の指令によるもの」との回答が最も多く、行政からの指示によりPTAが組織されたようである9。米国指導のもとに同国のPTAを手本にして作り上げてきたが、この時点では米国のように子どもの福祉の向上を目的とした社会教育団体としてのPTA活動は定着しなかった。一方、教育財政が逼迫していた当時、PTA予算は学校職員の給与手当や維持管理費、校舎建設・施設費等公教育、教育活動に要する経費(教材教具・図書費、消耗品費、行事)を支えるものであり、寄付等の形で保護者から徴収していたため、地域の有力者によるボス的支配の傾向が著しかったといわれている。

[発展・安定期における行政制度の整備とPTAの学校経営への参加の変化:1960~1999年]
1960年(昭和35年)には「地方財政法」の一部改正に伴い、公立小・中学校費のうち人件費と建物の維持・修繕費についての住民負担が禁止され、PTAを通じた保護者の負担が徐々に解消されていった10。以後、PTAは導入時にモデルとなった米国のPTAのように、保護者と教員とが協力して子どもの幸福な成長を図るべく、自主的に運営される本来の社会教育団体として活動の強化を図っていくことになった。関係機関への要望等の活動だけではなく、子どもの健全育成と福祉の増進のため、研究・研修活動、青少年育成事業、協賛・協力事業といったさまざまな活動を担うようになってきた(具体例については「2-5 PTAの活動」を参照)。
しかしながら、PTA役員のなり手が見つからない、PTA活動が一部の保護者の活動になっている、父親の参加が少ない、教員の協力が得られない等の問題を抱えており、これまでPTAは保護者の学校経営参加促進を可能にする仕組みとはいえなかった。また、子どもの在学期間は保護者がPTAへ自動的に加入することが慣例となっており、地域住民の参加は原則的に認めておらず、PTAは保護者と教員のみで構成する団体として定着してきた。

[地方分権化と保護者・地域住民の学校経営への参加の期待:2000年~]
2000年(平成12年)には、保護者や地域住民の意向を反映させ、学校としての責任説明を果たしていくために「学校評議員制度」が導入された。この制度は地域住民の学校経営への制度的な参画を初めて可能にするものであり、教育委員会の判断により学校ごとに開かれ、学校評議員は校長の求めに応じて学校経営に関する意見を述べることとされている。
学校評議員は、教育に関して一定の理解や識見を持つ者の中から、校長及び教育委員会の推薦により選出される。2002年(平成14年)8月現在、全公立学校において「設置済み」の学校は約半数で、「検討中」は30.6%、「検討なし」は22.4%となっている11。
なお、この新制度導入に伴うPTAの活性化が期待されている。


5 米国のPTAは1897年に開始した。(http://www.pta.org/history/mile1890.asp)(2003年4月18日付)
6 社団法人日本PTA全国協議会ホームページ(http://www.nippon-pta.or.jp/pta-ayumi50/index1-2-1.htm)(2003年4月18日付)
7 1948年(昭和23年)からNHKによりPTAの組織・運営・活動に関する「PTAの時間(週1回放送の30分番組)」が放送され、一般の人々が広くPTAを理解するのに役立ったとの記録もある。(社団法人日本PTA全国協議会ホームページhttp://www.nippon-pta.or.jp/pta-ayumi50/index1-1-3.htm)(2003年4月18日付))
8 社団法人日本PTA全国協議会ホームページ(http://www.nippon-pta.or.jp/pta-ayumi50/index2-1-1.htm)(2003年4月18日付)
9 Ibid.
10 学校予算における保護者負担の現状は、2001年度の東京都を例にとってみると、児童1人当たりの保護者負担額は年間45,814円であり、受益者負担額の使途内容として学校給食費が73%と最も多く、次いで教科活動費の12%、遠足・移動費の9%、儀式・学校行事の6.5%となっている。
東京都教育委員会ホームページ (http://www.kyoiku.metro.tokyo.jp/toukei/14_noufukin/syo.pdf)
11 文部科学省ホームページ(http://wwwwp.mext.go.jp/monkag2002/index-18.html#ss1.4.2.1.2)(2003年4月18日付)
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cf.――通俗教育/両親教育/PTA

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