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とどくとおもう Ⅱ

Full of Junk and Nothing

投手梶原英夫

【投手梶原のこと】と題した内藤濯(ウィキ)の随想がある。
《未知の人への返書》(1978,中公文庫)のpp.161-162に収録されている。
好エッセイ。
cf.1――http://www.shikoku-np.co.jp/feature/baseball/2005/spring/senbatsu/tokusyuu/2/index.htm

以下に抜粋する(改行は私の恣意)。
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 一高でフランス語を授けた男に、野球投手としてその名あった梶原英夫がいた。
 正直にいうと、彼のフランス語は振るわなかった。
【中略】
試験ともなれば、時間いっぱい座席に留まった。
問題紙が配られて三十分あまり経つと、
出来のいい連中は、さっさと答案を書き終って教室を出て行く。
梶原はそれに目もくれない。たやすくは席を起たぬ。
そのうちにベルが鳴る。
彼はわが事終れりとばかり、教壇にいる私のところに答案を持ってきて、
いかにも恐縮したらしい表情をしている。
 ――がんばったね。
 ――ええ、がんばりました。しかし、どうもうまく書けなかったです……勘弁して下さい。
 という彼の声音からは、
失敗はしたにしても、力にあるだけの事をしつくした満足がはっきり感じられた。
【中略】
答案調べの段取りになって、私は先ず梶原のに目をとおした。
第一題は曲りなりにも片づけてあるが、
第二題となると、あらかた見当がはずれている。
まさに六十五点どころである。
私の赤鉛筆は、答案紙に向って動いた。
そのとたん、
私の眼さきに子供らしくあやまっている梶原の姿が明るく浮かんだ。
すると私の書きかけた数字の6が、しぜん7となった。
彼の「人」がそうしたのである。
 ある日遊びがてら私を訪ねた彼は、あれはつけ間違いではないかと言いだした。
私は間違ってもいいだろうと体をかわしたあと、
野球の方へ話をそらして、
いったいどんな心構えが好球を出すかと糾してみた。
すると彼は、
捕手と呼吸がしっくり合って、球がひとりでに手を離れる瞬間だと、
その朴訥な顔を輝かしながら言った。
【中略】
梶原はおそらく、筋肉をゆるめ力をぬいて、心で球を投げたのではなかったか。
そういう梶原が、過ぐる戦争ではかなくも散華したのである。
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cf.2――http://www.baseball-museum.or.jp/guide/floor/monument_list.html

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