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とどくとおもう Ⅱ

Full of Junk and Nothing

この世の二重のリアリティー

〈もの〉について:日本語で考える≫(2013)

抄録。
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主著『存在と意味』第一巻(1982年)において、当時の日本の指導的な哲学者であった廣松渉は、物的世界像から事的世界観への転回を宣言し、関係の第一次性を主張した。
彼の師であった山本信は、西洋近代哲学史を吟味し直したうえで、あえて実体概念を復権させ、さらに各自の身体こそ最も基本的な実体であると規定した。
両哲学者の没した今でも、彼らの思考の痕跡は、彼らの本を読むことを通して、われわれに接近可能である。
書物のような存在者は、恒常的に現前し続けることができるのである。
このことは、物は世界の諸元素を取り集める、とするハイデガーの説を思い起こさせる。
少なくとも、物と事とは等根源的であって、この世の二重のリアリティーを形づくる、と言えよう。
日本語の物と事の区別は、アーレントが活動的生を仕事と活動に分節化したことに対応するのである。
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