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とどくとおもう Ⅱ

Full of Junk and Nothing

青梅エリアの「婦人組織」

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封建的な家父長制家族制度が支配的な「家」から女性達を開放し,啓蒙し学習主体とすることは民主化の要素であった。
そしてそれは婦人団体よりPTAによってなされることが期待されていた。
戦後いち早く婦人協力会などが大日本婦人会役員を中心にできたが,GHQの意向を受けて2ヶ月ほどで解散し,「婦人団体の育て方」等の審議内容も廃案となったことや社会学級の設置でもそれは明らかである。
しかし,その方針も徹底はせず,事実,地方の軍政部等では占領政策の徹底は網羅性のある団体に呼びかけていた。
占領期の女性施策はこの2つの流れがあった。
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see⇒昭和30年代の婦人学級にみる女性の学習-西多摩(青梅,福生)を事例として-≫(2003)

cf.――web検索with【青梅 婦人会
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